2016年12月05日

岩戸別神社(栃木県塩谷町)

岩戸別(いわとわけ)神社
2016年10月15日参詣
栃木県塩谷郡塩谷町船生8171 鎮座

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鳥居と社標

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本殿

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現在拝殿がありません
創建1200年記念事業で平成22年竣工の大改修を行う予定だったが東日本大震災で被害を受けてしまった。
現在、間口三間奥行二間あった拝殿と玉垣はなくなっていて、コンクリートの土台までで工事が中断している。

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御朱印は社務所にて頂けます

弘仁元年(810)九月に神霊示現し給ったので、字鳥屋の越と称する山上に奉齋したことを創始とする。
その後、横峯に遷座し享徳年間(834-848)に現在地に遷座
享保19年(1734)、正一位岩戸大明神の宣旨を下賜され船生の総鎮守となった。

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実は今回が3度目参拝
一昨年は宮司さんが不在、昨年は暫定にて留守を守る神職には見えない先輩のお姉さんがいらした。
今回3度目の正直で宮司さんから御朱印を頂けました。


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2016年12月04日

富岡製糸場から妙義山へ上州を巡る

2016年4月29日
世界遺産に登録されたということで、今回初めて富岡製糸場へ立ち寄ってみることにしました。
富岡駅の横に無料の駐車場があり、15分ほど歩くが、途中から少し観光地っぽくお店が並んでおり楽しかった。

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入場料は1000円でチケット売り場はほどほどの込み合いでした。正面の建物=東置繭所に入ると工場の歴史や人物、絹や道具などが展示してありました。次に製糸所に入りましたが繭から糸と取り出す機械が30年前のままでビニールでかぶせられていました。全体的には150年前からのものを改修して30年前まで動かしていた古い工場という感じです。
今だけの見学スポット西置繭所保存修理も見ることが出来た。200円追加したら見学でき、ヘルメットを被って社会科見学みたいで楽ませていただきました。世界遺産になったから一応行ってみるかと軽い気持ちでしたが、思ってたよりずっと良かったです。

そこから531年創建と伝わる古社
一之宮貫前神社
へ参拝
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峠の釜めし本舗 おぎのや ドライブイン横川店で昼食を取ろうとドライブ
日本で最も有名な駅弁の一つ。焼き物を容器とした初めての駅弁でもある。
益子焼の釜の中に茶飯を詰め、その上に鶏肉・タケノコ・ゴボウささがき・椎茸・栗・アンズ・うずらの卵に紅生姜とグリーンピースを載せる。ふたも陶製で、掛紙をかけて紙ひもでしばり、釜型の別容器で付け合わせを添付して出来上がり。

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1997年10月の長野新幹線開業により、横川駅では軽井沢への路線が廃止され峠の前の終着駅となり、碓氷峠越えの機関車を連結・開放する約5分間にホーム一杯に客と釜めしが並ぶ光景は失われた。駅前の国道18号の賑わいも1993年3月の上信越自動車道藤岡IC〜佐久IC間の開通で失われ、横川駅弁の販売拠点は横川駅と駅前のドライブインから新幹線と高速道路サービスエリアへと移り変わった。

年間450万個を売り上げるという駅弁の王様だが、廃棄物減量が叫ばれる現在では、年間450万個の釜の行方が気にかかる。駅弁屋さんで使われたり返された釜は、益子の土に帰しているそうだ。
おぎのやは食券制で、釜めしの料金は1,000円です。テイクアウトできるようになっているので、観光地に直接持って行って現地で食べることもできます。

「せっかく群馬に来たんだからその地域ならではの美味しい名物料理を食べたい」というニーズを見事に満たしてくれました。

その後に妙義山中腹にある
妙義神社
へ参拝
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そして
妙義山 中之嶽神社
を参拝し心静かに自然の力を感じることができます。

帰宅の途につきました。

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2016年12月03日

芳賀 祖母井神社 (再々訪)

祖母井神社(うばがいじんじゃ)
2016年10月1日参詣
栃木県芳賀郡芳賀町祖母井750鎮座

祖母井神社(2014.10.4奉拝)
最初参拝、管理する所が真岡 大前神社に代わる4日前でした。

祖母井神社(2015.4.25奉拝)
2度目の参拝で拝殿、本殿、周辺の大改修と、更に敷地拡大が終わった時(本殿内は途中でした)の参拝でした。

今回は、落ち着いた状態での3回目の参拝となりました。

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鳥居と社号標(草で一部隠れてますが)

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参道

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狛犬と社殿

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拝殿

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本殿

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富士塚

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創建は久安元年(1145)、村北東隅の清地に彦火火出見命・須佐之男命を祀り上の宮と称し、姥ヶ池に木花咲耶姫命を祀り下の宮と称したのが始まりといわれる。

その後、正嘉2年(1258年)に暴風雨により社殿が壊れるも祖母井城主により再建されるがのち火災で焼失
宝暦3年(1753年)、上の宮と下の宮を合併し現在地へと遷座し「星宮三社」と称する。
明治6年(1873年)、祖母井神社と改称する。

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御朱印は本殿脇の社務所で頂きました。
祖母井神社と改称される以前は、星宮三社、星宮大明神、三光神社とも称していたそうです。

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2016年12月01日

藤内神社(水戸市藤井町)

2016年8月19日参詣
茨城県水戸市藤井町874 鎮座

創建は養老5年(721年)6月
養老5年4月12日朝、朝望峰に霊光がきらめき藤内郷へ向かいとどまり、住民が驚き恐れて同年6月15日に社殿を竣工させ祀ったそうです。

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水戸市街地から123号線を8Kmほど北上した、那珂川の西岸。123号線から1Kmほど西へ進んだ道路脇に鎮座。
この看板の道から入ると拝殿脇に入れます

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参道

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拝殿
・大永年中(1521〜28)出火し社殿神宝焼失。
・乱世で社殿再建できず百余年を経て、寛永5年(1628)宍戸城主秋田河内守が造営した。
・元禄年中(1688〜1704)、水戸藩主徳川光國公の命で改築した。

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本殿

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2016年11月30日

大井神社 (水戸市飯富町)

2016年8月19日参詣
茨城県水戸市飯富町3475 鎮座

社伝によると、第10代崇神天皇の御世に、皇子・豊城入彦命の命を奉じて建借馬命が当地に至った。そして長者山に館を構え、北東の当地に神社を建てて天照大神を祀ったのが創祀という。
その後奈良時代には、那賀郡(那珂郡)の郡領・宇治部氏が「建借馬命」(たけかしまのみこと)を奉斎したという。
水戸市愛宕の愛宕神社
が墳上にある愛宕山古墳は「建借間命」の墓であると考えられています。

平安時代中期の『延喜式神名帳』では「常陸国那賀郡 大井神社」と記載され、式内社に列している。

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境内案内図

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鳥居

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本殿へ続く階段の途中、弁天様が祀られていました

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斜面の巨木の根に「女化(おなばけ)稲荷神社」

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急な斜面、階段を上りきったところに拝殿

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本殿

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「お袋様」
地味に怖いです・・・

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「八方神」
八角形に石祠を並べてあり、中央に白い鉱石が祀られていた。

その他に本殿裏の奥宮、万歩杉、伊勢金比羅参り碑、氏神舎藁宝殿などなど
境内は結構広く、高低差もありました。


この大井神社と地名の飯富町のいわれがよく言われており
建借馬の出であるとされる肥の国(九州)の意富臣(おふのおみ)から、この神社は意冨比(おほひ)神社と言った。
それが転じて意冨比(おほひ)→おおい→大井となり、地名も意冨→飫冨→飯富と変じたといわれています。


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御朱印は鳥居脇の宮司宅にて頂きました


posted by かめ忍者 at 20:38| 栃木 ☁| Comment(0) | 茨城の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする