2017年02月22日

CO-OP、はごろもフーズ「シーチキンを食べて当てようキャンペーン」当選

DSC_1011.jpg
CO-OP×はごろもフーズ「シーチキンを食べて当てようキャンペーン」当選しました
キッチングッズ
ボールが中、小サイズ
計量カップ 5つ

DSC_1010.jpg

DSC_1007.jpg

DSC_1008.jpg

ご利益散歩のおかげですかね〜

posted by かめ忍者 at 22:12| 栃木 ☁| Comment(0) | 懸賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

薬師寺八幡宮、再訪(栃木県下野市)

2017年1月22日 参詣
栃木県下野市薬師寺1509 鎮座

前回の参拝は
2014年10月13日の時です。


DSC_0833.jpg
一の鳥居

DSC_0834.jpg
社号標

DSC_0835.jpg
参道

DSC_0853.jpg
二の鳥居

DSC_0839.jpg
手水舎

DSC_0840.jpg
手水舎には「水掛」「銭洗い」の神として「夢福神」が祀られていました

DSC_0843.jpg
阿の狛犬

DSC_0844.jpg
吽の狛犬

DSC_0852.jpg
拝殿
DSC_0850.jpg
本殿と拝殿は、寛文2年(1662年)に領主・佐竹義宣の奉献で造営されたもので、栃木県の文化財に指定されています。
DSC_0845.jpg
本殿
社伝によれば、貞観17年(875年)に清和天皇の勅定により京都・石清水八幡宮から勧請されたのが始まりとされている。一説には、下野薬師寺の鎮守神として天平宝字元年(749年)に大分・宇佐神宮から勧請されたのが創祀ともいう。


DSC_0855.jpg
社務所

DSC_1008-1.jpg
御朱印



posted by かめ忍者 at 04:00| 栃木 ☀| Comment(0) | 茨城の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月19日

豪徳寺「招福猫児」福を呼んで!

gotokujicat.jpg
長男が世田谷での1人暮らし、次男の寮生活、家にそれぞれ1つづつ

去る2015年10月31日に
世田谷区の豪徳寺
を参拝した時に購入した、豆サイズの招き猫

豪徳寺では、「 招福猫児(まねぎねこ)」と呼んでいるそうです。

『大渓山 豪徳寺』彦根藩井伊家の墓所として有名なお寺です。

もともと、この地には、奥州吉良氏により築かれた世田谷城がありました。
文明12年(1480)、城主であった吉良政忠は、叔母である弘徳院のために敷地内に「弘徳院」創建しました。豪徳寺の前身です。
現在の豪徳寺2丁目を中心に、世田谷は城下町として栄えていました。
しかし、天正18年(1590)小田原征伐の際、世田谷城が廃城となり、弘徳院もだんだんと寂しくなっていきます。

時は江戸に入り、辺りは彦根藩井伊家の所領となります。
当時、弘徳院の第4代ご住職は、タマという真っ白なネコを我が子のようにとても可愛がっていました。
ご住職は、「汝、我が愛育の恩を知らば 何か果報を招来せよ」とタマにお話していました。


ある日のこと、門前が騒がしいので外へ出てみると、鷹狩りの帰りと見られる武士が5〜6人、暫し休憩をさせてもらえないか?と訪ねてきました。
聞けば、門前を通りかかると、白いネコがうずくまりこちらを見て頻りに手招きをしている、気になった一行は馬を降り、ネコに誘われるように境内へ訪ね入った、とのことでした。
快く客人を招き入れ、お茶を振る舞おうとしたとたん、にわかに空が曇りだし、雷とともに激しい夕立が降り始めます。
激しい雷雨の中、ご住職は心静かに武士達へ説法をします。
すると、客人は、自身が彦根藩2代藩主 井伊直孝であると名を告げ、「ネコに招き入れられ雨をしのぐことができ、しかもご住職のありがたいお話に預かることができた、これも仏さまの因果でしょう」と、大変よろこび帰っていきました。
この当時、お寺はお茶を振る舞うことも苦労するほどに貧窮していたといわれます。

後日、井伊直孝はこのお寺を整備するために伽藍を寄進し、井伊家の菩提寺とします。直孝の戒名から『豪徳寺』とされお寺は盛り返したのです。

時が経ち、福を招いてくれたタマが亡くなると、ご住職は、お墓を建て冥福を祈り、弔います。
タマが右手を上げて招いている姿形を招福猫児(まねぎねこ)と称し、境内に「招猫殿」をつくり、招猫観音を祀りました。
以降、富や人の縁、幸福を招いてくれると、人々はその吉運にあやかり祈念するようになりました。

これが、「タマ伝説」招き猫のはじまりとされています。


posted by かめ忍者 at 20:00| 栃木 ☁| Comment(0) | 郷土玩具・授与品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月18日

「日本における最も驚くべき、最も赤裸々な絵馬の宝庫」水使神社(栃木県足利市)

水使(みずし)神社 通称:みずっさま
2017年(平成29年)1月14日参詣
栃木県足利市五十部町1235 鎮座

DSC_0771.jpg
一の鳥居

DSC_0772.jpg
説明板

DSC_0773.jpg
狭く急な石階段

DSC_0775.jpg
二の鳥居

DSC_0776.jpg
手水舎

DSC_0777.jpg
拝殿

DSC_0778.jpg
扁額

DSC_0780.jpg
本殿
栃木県神社誌によると、南北朝時代の観応2年(1351年)の創建で、水の神「水波能売命(みずはのめのみこと)」を祭る。昔、地元の豪族・五十部小太郎の下女で、近くの淵で入水自殺したイソの霊を祭ったともいわれ、花柳界の女性らから婦人病に霊験があると信仰された。


DSC_0783.jpg
賽銭箱や扉の周辺に絵馬、よだれ掛け、腰巻き風の赤い布が無数に掛けてある。
絵馬の図柄を見ると、和服姿の女性が拝む姿や赤い腰巻き姿の女性などが多く「子宝祈願」「婦人病が全快」祈願


DSC_0784.jpg
アメリカシカゴ大学人類学教授であるフレデリック・スタールが大正時代に同神社を訪れ、「日本における最も驚くべき、最も赤裸々な絵馬の宝庫」と学会報告。民俗学者ら研究者に注目され、日本全国に水使神社の名を轟かせるきっかけともなりました。

DSC_0785.jpg
「今でも全国から多くの女性がお参りに訪れます。参拝簿は半年で3冊分、埋まってしまいますから」と桜木宏紀宮司(76)は驚きを隠さない(産経新聞)


DSC_0858-2.jpg
御朱印


posted by かめ忍者 at 12:01| 栃木 ☁| Comment(0) | 栃木の神社・寺院(南西) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月16日

木幡神社(栃木県矢板市)

2017年(平成29年)1月3日参詣
栃木県矢板市木幡1194-1 鎮座

1483503605630.jpg
社号標

1483503577483.jpg
大鳥居

1483503610980.jpg
境内の西側にも笠木のない冠木門形式の鳥居(柱の上に屋根が付いています)
大鳥居の前に一の鳥居(撮影してこなかった(;゚Д゚)エエー)があり これと同型です。

1483503600259.jpg
大鳥居をくぐり階段を上り楼門へ

DSC_0759.jpg
手水舎

DSC_0747.jpg
鉄灯篭
元和3年(1617)、土佐藩2代藩主山内忠義が徳川家康の一周忌に日光東照宮に寄進したもので何らかの経緯で木幡神社に移されています。

DSC_0748.jpg
拝殿前には茅の輪

DSC_0756.jpg
阿の子持ちの狛犬(昭和14年に奉献)
源頼朝が、ここ木幡神社で愛犬の無事を祈ったところ、たちまち元気になったらしいです。
犬神様としても信仰があるとか

DSC_0757.jpg
吽の毬を持った狛犬

DSC_0749.jpg
拝殿

DSC_0764.jpg
拝殿内

1483503582711.jpg
本殿


木幡神社の創建は延暦年間(782〜806年)坂上田村麻呂が東夷東征の折、戦勝祈願をし見事念願成就した事から神意に感謝し許波多神社(京都府宇治市・祭神:天忍穂耳命)の分霊を勧請したことが始まりと伝えられています。

当初は峯村の地に鎮座していましたが大同2年(807)に現在地に遷座し田村麻呂縁の赤鶴の面が奉納されています。

天慶3年(940)、藤原秀郷が平将門の乱(承平天慶の乱)の際、当社で戦勝祈願をし将門を討ち取ると社領1000石が寄進され、永承6年(1051)には源頼義、義家父子が前九年合戦の戦勝祈願を行い宿願である安部貞任を討ち取っています。

文治2年(1186)、当時の領主塩谷惟頼が平家追討の戦勝祈願し念願が達成すると、領内の総鎮守と定め代々の崇敬社としました。又、建久4年(1193)、源頼朝が那須野の原で狩をしていた際、愛犬が狂犬病になった為、病気快癒の祈願を行うと忽ち平癒し以後病犬除けの御利益があるとして信仰されました。

文禄4年(1595)当時の当主塩谷義綱が改易になると、庇護者を失い衰退しましたが江戸時代に入ると幕府が庇護し社領200石が安堵され日光二荒山神社を相殿するなど日光東照宮とも関係を深くしています。
明治3年(1870)に郷社に列し、明治40年(1907)に神饌弊社帛料供進神社に指定されています。現在の本殿は室町時代中期に造営された建物で三間社流造、銅板葺、楼門(随神門・神社山門)も室町時代中期の建築で、一間一戸、入母屋、銅板葺き(旧茅葺)、四脚楼門で共に室町時代の建築の特色が見られるものとして昭和25年(1950)に国指定重要文化財に指定されています。


DSC_0761.jpg
社務所

IMG_20170107_210801.jpg
御朱印

posted by かめ忍者 at 22:45| 栃木 ☀| Comment(0) | 栃木の神社・寺院(那須地域) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする