2017年10月16日

深見神社(神奈川県大和市)

深見神社(ふかみじんじゃ)
2017年(平成29年)8月26日参詣
神奈川県大和市深見3367 鎮座

延喜式神名帳に記載された相模国十三社のうちの一社
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「相模國十三座之内深見神社」と記す社号標

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一の鳥居
以前はこの参道の奥に見える狛犬の先に二の鳥居があった

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二の鳥居と社号標社号標は平成24年(2012年)に、再建70周年を記念して建立

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手水舎

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境内の様子

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拝殿

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扁額

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本殿御祭神は、変遷がありつつ現在は
闇龗神(クラオカミ)武甕槌神(タケミカヅチ)、建御名方神(タケミナカタ)

『総国風土記』によると、第21代雄略天皇22年(478年)3月に創祭とあるが、正確な創建時期は不明である創建当初よりの祭神は闇龗神であったと考えられている。

近世を通じて深見神社は鹿島社の別称がありますが、かつて当地の領主であった坂本家が鹿島神宮(現・茨城県に鎮座)の祭神を勧請したためとされ、当社の祭神である武甕槌神はこの時に祀られたものといわれている。

神奈川県神社庁著のかなしん出版『かながわの神社・ガイドブック』では、「江戸時代に入ってから坂本小左衛門重安が鹿島神宮の分霊である武甕槌神を祭神に置いたものであると解説している。

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御由緒板かつては相模湾の海がこの辺りまで深く入り込んでいて、舟・筏による交通が敷かれていたという説がある。境川流域一帯を表す総称として、深見は古くは「深海」「深水」と書かれた。

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東脇の鳥居本来の鳥居とされ、ここから一直線上の御倉稲荷の辺りに旧社殿があったものと思われる

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御朱印は社務所にて授受

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御朱印

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2017年10月14日

御造替1250年記念御朱印 大前神社(栃木県真岡市)及びバイク神社

2017年(平成29年)10月14日参詣
栃木県真岡市東郷937 鎮座

平成29年(2017年)は大前神社「御造替(ごぞうたい)1250年」の記念すべき年

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社号標

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一の鳥居

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二の鳥居

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三の鳥居

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三の鳥居前にある社号標

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手水舎

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四の鳥居

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四の鳥居前の狛犬

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拝殿

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扁額

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拝殿内では御祈祷が行われていました

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本殿

雄略天皇の御代鎮護国家・殖産開拓の守護神として鎮座されました。神護景雲元年(西暦767年)に荘厳な社殿を造営し、延喜年間には醍醐天皇の勅命により延喜式内社に選ばれ、朝廷より幣帛を賜った由緒ある神社です。


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大前神社の若宮社である「大前恵比寿神社」社号標

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平成元年(1989年)に大前神社の若宮社として「大前恵比寿神社」が造営
日本一えびす様と呼ばれる台座3m、像17mの全高20mにもなる大きなえびす様が特徴的で台座の中に社殿が鎮座

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バイクの交通安全を願う「足尾山神社」

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バイク愛好家の崇敬者の提案により建立された
奉納品もバイクに関連するものが沢山

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顔出しパネル^^

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御朱印の案内板

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授与所にて拝受

御造替を記念し今年9月1日から3年間限定
『奉祝記念特別朱印帳』の頒布が始まり
さらに、御朱印と共に押印している判が新しくなりました(初穂料¥500)
「大前神社」の御朱印と、二輪交通安全守護の境内社「足尾山神社」の御朱印

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奉祝記念特別朱印帳

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大前神社御朱印
「御造替1250年」の金印

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足尾山神社御朱印
社殿をあしらった青印にバイクが印象的


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2017年10月13日

鹿嶋八幡神社(茨城県那珂市)

鹿嶋八幡神社(かしまはちまんじんじゃ)
2017年(平成29年)7月30日参詣
茨城県那珂市額田北郷417 鎮座

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社号標
鹿嶋八幡神社ですが「額田神社」の社号標
地元では額田神社と呼ばれてるようです(詳細は由緒紹介のところにて)

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参道途中にあるヤマザクラの老樹
樹齢400年〜500年とされ、「茨城桜見立番付」において、西の横綱に選定された名桜である。落雷で大枝が切断されているが、樹勢は衰えをみせていない。

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鳥居

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手水舎

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狛犬(阿形)

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狛犬(吽形)

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拝殿

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扁額
明治元年に奉納、揮毫は水戸学で有名な会沢正志斎によるものだそうです。

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本殿本殿(右 鹿嶋社 左 八幡社)
神社の名前の通り、以前には鹿嶋宮と八幡宮とが別々にあり、江戸時代に合祀され、現在のような形になったようです。

御祭神は鹿嶋宮が武甕槌命、八幡宮が誉田別命を祀ります。

由緒として、鹿嶋宮が平城天皇の御代西暦806年(元号でいうと延暦二十五年か大同元年でしょうか?)に御祭神である武甕槌命を奉遷します。後に佐竹氏の祖である佐竹昌義が本殿を造営します。

八幡宮は康平六年(1063年)八月に、源頼義が前九年の役を平定して帰京する途中、西馬場の地に勧請し戦勝を謝し、永保元年(1081年)に源義家が境内や参道を修造したとのことです。後に佐竹義直により再建されます。

慶安元年(1648年)には徳川家光公より鹿嶋宮へご朱印地十五石、八幡宮へは二十石が授けられます。
元禄七年(1694年)徳川光圀公が八幡宮と鹿嶋宮を合祀し社殿を改築、額田神宮の称を賜ります。
これは所謂水戸藩の「八幡改め」の一環として行われたことかと思いますが、名称自体は「額田鹿嶋八幡宮」が正式であったようで、二年後の元禄九年にも神社名称が変更されますが、これも「額田鹿嶋八幡神社」と八幡の名称は残っていたようです。それだけ有力な八幡神社だったのかなと考えることも出来そうです。
ちなみにこの八幡改めの際に整理されなかった八幡宮は、当時水戸藩にあった105社の内4社だけで、水戸八幡宮(水戸)、若宮八幡宮(常陸太田)、馬場八幡宮(常陸太田)、安良川八幡宮(高萩)のみでした。

明治に入ると村社に列格し、社名も鹿嶋八幡神社に改められますが、以上の由来から地元では額田神社と呼ばれることが多いようです。



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社務所(写真)が閉まっていたので御朱印は宮司さん自宅にて頂きました

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御朱印



posted by かめ忍者 at 10:10| 栃木 ☔| Comment(0) | ⛩茨城の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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