2017年08月16日

庚申山 猿田彦神社(栃木県日光市足尾)

猿田彦(さるたひこ)神社
2017年(平成29年)6月17日参詣
栃木県日光市足尾町5497 鎮座

DSC_2343.jpg
説明板
「当社は、明治23年(1890)に小滝坑の山神社として坑夫により建立されたが、昭和町29年小滝坑廃止のさい、奉祀する三神を本山山神社に合祀した後、猿田彦神社の遥拝殿となった。
本社は勝道上人が難行苦行の末、庚申山奥の院に神霊を祀ったときに起り、今は三尊像を祀る庚申山荘内小祠が本殿である。」

DSC_2362.jpg
「足尾温泉 かめむら旅館」が目印になります。

DSC_2342.jpg
庚申山の中腹に鎮座しています。
国道122号線から庚申山方面に向かって行くのですが、道が狭く本当にあるのか不安になります。
最寄り駅は、わたらせ渓谷鉄道「原向駅」になりまが、徒歩は無理かと思います。

DSC_2344.jpg
立て看板通りに神社に行くには、庚申川を渡ります。

DSC_2345.jpg
山の中の温泉宿、かめむら旅館別館の裏手より進みます
足尾の松原にある別館で民家のような佇まい。客室は6部屋だそうです

DSC_2346.jpg
神社らしき雰囲気がないので案内の矢印があると安心します

DSC_2348.jpg
のぼり旗が見えてホッ

DSC_2349.jpg
手水舎

DSC_2350.jpg
鳥居

DSC_2352.jpg
更に参道を進みます

DSC_2354.jpg
狛犬

DSC_2355.jpg

DSC_2353.jpg
拝殿

DSC_2356.jpg
拝殿内

DSC_2357.jpg
本殿かと思いましたが拝殿の凸部かと

DSC_2359.jpg
目を斜め上方に向けると本殿らしき社殿が

DSC_2361.jpg
本殿

日光山を開山した勝道上人が庚申山上の巌窟に小祠を作り、「庚申ノ大神」として天津祖庚申猿田彦大神、地津主甲子大己貴大神、人津霊己巳小彦名大神、の三神を奉祀したのが始まりだそうです。
神道では庚申の神を猿田彦神としています。(庚申の「申」が、「猿」と結びつけられたものです)


残念ながら昭和21年、神社の旧本殿である百畳敷のお籠は野火により焼失してしまいましたが
現在は里宮遙拝殿だった銀山平に庚申山猿田彦神社として神事、社務事を執り行っているそうです

ここはまた、滝沢馬琴の小説「南総里見八犬伝」中庚申山怪猫退治の章で奇岩怪石、霊域の神秘を広く紹介される。


銀山平公園.jpg
銀山平公園に隣接しています
キャンプ場、バンガローもありますので宿泊も可

ginnzanndaira.jpg
足尾銅山の銀山平の案内板
明治24年(1891年)に、この地で銀が採掘されたのが名前の由来。
また、東洋一の大製材所を開設。足尾銅山の用材基地として最盛期には200人程が従事し、140戸の社宅を有したとある。

DSC_2347.jpg
社務所にて御朱印を頂きました

DSC_2785-1.jpg
御朱印(初穂料は¥500)



posted by かめ忍者 at 01:00| 栃木 ☔| Comment(0) | 栃木の神社・寺院(県央) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月15日

栃木県の磐裂根裂神 覚書

虚空蔵菩薩写仏.jpg
虚空蔵菩薩

妙見菩薩.jpg
妙見菩薩

磐裂神、根裂神
もともとは虚空蔵菩薩や妙見菩薩を本地仏としていたところがほとんどです。明治時代の神仏分離令により祭神を磐裂神、根裂神に改めたのだそうです。そして神社の名前も「磐裂神社」や「磐裂根裂神社」そして「星宮神社」に改められたそうです。
妙見菩薩は北極星を神格化、虚空蔵菩薩の化身が明けの明星と、星に関わる信仰です。

栃木県は日光山を開山した勝道上人が虚空蔵菩薩を本地仏とし、日光開山の際には磐裂神の助けがあったといわれているので、ほかの地域と比べると「磐裂神社」「星宮神社」の数が非常に多いのだそうです

磐裂根裂神社は日光の磐裂神社(明星天子)からの流れが多いのだと思います。
日光を開山した勝道上人が最初に祀った神社で、星宮でもあります。
(磐裂根裂神社=星宮とすると、分布はとても広くなりますし、星宮も権現と明神で意味合いが変わってくるので何ともいえないですが)
勝道上人は磐裂神・根裂神の夫婦神を崇拝していたので、それにあやかったのもあるかと思います。

つまり北極星信仰であり、日光東照宮の社殿が真南を向いている(北極星が社殿の真後ろから出る)というのもありますが、江戸時代以前から陰陽道が入っているのかと思われます。
磐裂根裂神社の名称は明治時代に改称されている神社が多く、それ以前は妙見・星宮などが多いようです。


下野国の場合、豪族が氏神を祀って神社が増えたケースはとても少ないです。
それほど神主大名である宇都宮氏の影響力があったのかもしれません。


磐裂根裂神社は日光から来ていますので、田心姫の川である思川周辺に多いです。
磐裂根裂神社の他に磐裂神社・根裂神社という名称の神社もあります。
旧今市市の岩崎神社もイワサクが岩崎になったとされています。

【栃木県内の磐裂・根裂 】
根裂神社 鹿沼市上石川町544
岩崎神社 日光市(旧今市市)岩崎526
磐裂神社 鹿沼市茂呂488
磐裂神社 鹿沼市下石川345
磐裂神社 鹿沼市日光奈良部町200
磐裂神社 鹿沼市下奈良部町291
磐裂神社 日光市安川町1358
磐裂神社 日光市所野814
磐裂神社 日光市上鉢石町1114-1
磐裂神社 日光市細尾町318-1
磐裂神社 日光市和泉914
磐裂神社 日光市(旧今市市)吉沢349
磐裂神社 日光市(旧今市市)室瀬258
磐裂神社 日光市(旧足尾町)遠下3-1
磐裂神社 下都賀郡壬生町下稲葉929
磐裂神社 下都賀郡壬生町上田1350
磐裂神社 下都賀郡壬生町中泉861
磐裂神社 栃木市藤岡町藤岡999
磐根神社 栃木市都賀町原宿1234
磐根神社 栃木市都賀町合戦場534
磐裂根裂神社 栃木市都賀町家中2456
磐裂根裂神社 鹿沼市亀和田町605
磐裂根裂神社 鹿沼市北赤塚町1053
磐裂根裂神社 下都賀郡壬生町福和田519
磐裂根裂神社 下都賀郡壬生町福和田1379
磐裂根裂神社 下都賀郡壬生町安塚1772
磐裂根裂神社 下都賀郡壬生町上長田405

posted by かめ忍者 at 00:08| 栃木 ☁| Comment(0) | 由来・伝説・いわれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月14日

足尾 磐裂神社(栃木県日光市足尾)

磐裂神社(いわさくじんじゃ)
2017年(平成29年)6月17日参詣
栃木県日光市足尾町遠下3-1 鎮座

DSC_2332.jpg
社号標

DSC_2331.jpg
一の鳥居

DSC_2333.jpg
山岳信仰の対象だった庚申山の登山口もこの鳥居だったそうです。「庚申山表口」と彫られた石碑もありました。

DSC_2334.jpg
二の鳥居の直前に踏切、わたらせ渓谷鉄道の踏切です

DSC_2335.jpg
手水舎

DSC_2336.jpg
説明板
「足尾5氏」と言われる一族14人が日光から移住してきた時、妙見宮の分身を拝受し、大同3年(808)に足尾郷14ケ村の鎮守と定めた。文化・文政の頃庚申山信仰が盛んになり登拝口として講中寄進の庚申山碑や一丁目(いっちょうめ)標が建てられた。神社は大正3年(1914)現在地に移った。境内に栃木県名木百選の大桧(神木)がある。
日光市


DSC_2338.jpg
拝殿近くの狛犬

DSC_2339.jpg

DSC_2337.jpg
拝殿

DSC_2340.jpg
扁額

DSC_2341.jpg
本殿

磐裂神社は、足尾地区の鎮守
この社は勝道上人が磐裂神の加護により日光の開山を完遂出来た事を報謝し、大同4年(809年)に創建したと伝わる日光山最古の社で、星の宮とも称し、奈良・平安・鎌倉・室町の各時代には修験者の霊場の一つとして、又戦国時代には武将の篤い崇敬を受けて栄えた。 (神社由緒より)

上古の時代、足尾総鎮守妙見天童と称しのちに妙見大菩薩といい、その後妙見宮と称した。
別当寺に妙見山竜福寺があったが、足尾銅山の衰微と共に廃寺となった。
秩父の妙見・相馬の妙見・足尾の妙見を指して関東三妙見と称したという。
1878(明治11)年古河市兵衛が足尾銅山を再会した際に、磐裂神社と改称された。


DSC_2784-1.jpg
御朱印は庚申山中腹にある猿田彦神社にて

posted by かめ忍者 at 12:18| 栃木 ☔| Comment(0) | 栃木の神社・寺院(県央) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人気ブログランキング