2015年04月11日

調神社(浦和)

調(つき)神社 🐇
2014年11月1日 奉拝
鎮座地 さいたま市浦和区岸3-17-25

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ツキを月にかけた月待信仰(月の出を待って祈る信仰)と習合して、ウサギが神使です。
神社でウサギといえば、「因幡の白ウサギ」から鳥取の白兎神社が有名ですが、こちらは「月のウサギ」が起源です。江戸時代には月読社とも。狛ウサギが入口を守り、鳥居のない神社としても有名です。境内には、可愛らしいウサギ像が多くあります。

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埼玉県護国神社(大宮)

2014年11月1日 奉拝

鎮座地 さいたま市大宮区高鼻町3丁目149

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昭和9年4月9日埼玉県招魂社として設立鎮座
昭和14年3月神社制度の改正により埼玉県護國神社と改称され4月に指定護國神社となり、例大祭には神饌幣帛の供進がなされたことになった
昭和21年2月神社制度の変革により宗教法人埼玉県護國神社と改められ
昭和23年10月埼霊さいたま神社と改称
昭和27年再び埼玉県護國神社と改称し現在に至る
昭和30年1月奉賛会が設立せられ以来年々の例大祭埼玉県民挙て厳粛盛大に行っている

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武蔵一宮 氷川神社(大宮)

2014年11月1日 奉拝
鎮座地 さいたま市大宮区高鼻町1−407

武蔵国一宮

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孝昭天皇3年(紀元前473年)に創建、日本武尊が東征の際には当社に祈願したと伝えられます。
成務天皇(130-190)の代に出雲族の兄多毛比命が武蔵国造となり当社を奉崇し、出雲国斐伊川の名より氷川神社と称するようになったといいます。
延喜式神名帳には名神大社として書載、中世以降小野神社(論社:多摩市小野神社、府中小野神社)より氷川神社が武蔵国一宮となり、天正19年(1591)には徳川家康より社領100石を安堵する御朱印状を拝領、明治維新で東京が首都となると共に当社が武蔵国鎮守社、勅祭社と定められ、明治4年位は官幣大社に列格したといいます。

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「氷川」と命名されれた説は、
@神社の神池に張った氷が春先に割れるのを見て、その年の作物の豊凶を占っていたと考えられ、そこに由来して「氷川」の名をつけた。
A出雲族が日本海を北上し新潟へ上陸、最後に高鼻地区へ落着き国作りをして宮を立て、出身地出雲の斐伊川に因んで「氷川」と命名した。
の二通りある。


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2015年04月02日

氏家今宮神社(栃木県)

2014年10月26日 奉拝
鎮座地 栃木県さくら市馬場43

平安時代康平3年(1060)に創建されて後、正安2年(1300)に勝山城主氏家氏の崇敬により、氏家24郷総鎮守として現在の地に遷宮された。

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※「とちぎ神社ガイド」とちぎ鎮守の森めぐり より

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唐沢山神社(栃木県佐野市)

2014年10月25日 奉拝
鎮座地 佐野市富士町1409

「唐澤山神社」は、明治16年10月に創建された比較的新しめの神社です(もともとこの地には、唐沢山城というお城の本丸が築かれていました)

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平安中期の下野の英雄・藤原秀郷(ふじわら の ひでさと)を祀る。
藤原秀郷は、下野大掾村雄の子で幼少期に近江の田原の里にいたことから、田原(俵)藤太とも称し、下野押領使に補されて唐沢山に築城した。

天慶二年(939年)十二月、平将門が下野・上野を侵略した時、平貞盛と協力してこれを討ち(天慶の乱)
武蔵・下野の国守となり、鎮守府将軍となった武将。

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参拝時、例祭が行われてました

祭神の墓所は安蘇郡田沼町新吉水(当社の西2Km)にあり、飛地境内となっている。

藤原秀郷の物語で、もっとも有名なものは「ムカデ退治」。
弓矢の名手である秀郷が琵琶湖の南、瀬田橋を渡ろうとしたところ、橋の上に横たわった大蛇を、臆することなく跨いで通った。

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その豪胆に、大蛇に化身していた龍神に見込まれ、三上山の大ムカデ退治を懇願される。
戦闘の末、唾をつけた矢を打ち込んで見事にムカデを退治した。

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その後、秀郷は龍神の助けで平将門の秘密を見破り、将門を討ち取ることができたという伝説。



同じく下野国の二荒山と、隣の上野国の赤城山の神戦では二荒山大神が大蛇、赤城山大神が大ムカデとなり、最後は、猿丸太夫の弓矢の助けで二荒山大神(大蛇)が勝利する。
これは全く同じ大蛇が出てくる伝説モチーフ。
下野国は蛇をトーテムとする氏族の土地柄なのでしょうか。

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一瓶塚稲荷神社(栃木県佐野市)

一瓶塚(いっぺいづか)稲荷神社
2014年10月25日 奉拝
鎮座地 佐野市田沼町1404

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一瓶塚稲荷神社の創建は、天慶五年(942年)に鎮守府将軍藤原秀郷(俵藤太)が相州鎌倉松ケ岡稲荷大明神の分霊を下野国富士村に勧請したのが始まりと伝えられています。

その後、文治2年(1186年)、佐野荘司讃岐守成俊公が唐沢城再興の際、田沼の地に一丘を築き、下野国富士村の稲荷大明神を勧座したのが当社で、その折り各地の人々は瓶に土をいれてこの地に運び塚を築いたので、塚を一瓶塚と呼び社を一瓶塚稲荷神社と称したと言われている

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2015年04月01日

賀茂別雷神社(栃木県佐野市)

2014年10月19日 奉拝

鎮座 佐野市多田町1506

創建は、天智天皇8年(669年)9月5日。山城国(現在の京都府)賀茂鎮座の上賀茂神社を、菊沢川の水源字菊沢に奉って、賀茂別雷神社と称しました。その後、明治43年に現在地に神殿を移しました。

通称は雷電様とも呼ばれ、近郷の鎮守として親しまれてきました。天慶(てんぎょう)2年(939年)4月、藤原秀郷公が平将門を討つ祈願をし、心願成就の後に本社を再造立したとされています。

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織姫神社(栃木県足利市)

2014年10月19日 奉拝
足利市西宮町3889 鎮座

『足利来るなら織姫様の 赤いお宮を目じるしに カラリコトントン カラリコトン 足利絵の街 機の街』と足利音頭に歌われた足利織姫神社。

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創建は宝永2年(1705)、伊勢国渡会郡御織殿遥拝のために勧請したのが始まりとされる。
明治12年(1879)まで通4丁目八雲神社に合殿していたが、通2丁目八雲神社に合殿許可の上、機神山中腹に遷宮
明治13年(1880)、社殿焼失
昭和9年(1934)、足利織姫奉賛会を組織し社殿再建し、昭和12年(1937)に現在地へと遷宮

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織姫神社の御朱印帳、写真の青の他にピンク色もあり

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posted by かめ忍者 at 22:12| 栃木 🌁| Comment(0) | 栃木の神社・寺院(南西) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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