2015年06月23日

東京大神宮(千代田区)

2014年11月1日奉拝

鎮座地 東京都千代田区富士見2-4-1

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東京における伊勢神宮の遥拝殿として明治13年に創建され、「東京のお伊勢さま」と称され親しまれている。
最初日比谷の地に鎮座していたことから、世に「日比谷大神宮」と称されていました。
関東大震災後の昭和3年に現在地に移ってからは「飯田橋大神宮」と呼ばれ、戦後は社名を「東京大神宮」と改め今日に至ります。
現在広く行われている神前結婚式は、同社の創始によるものであり、今も神前において伝統的な結婚の儀式を守り伝えています。

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吉原神社

2014年11月1日奉拝

鎮座地 東京都台東区千束3-20-2

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吉原遊郭とともに歩んできた神社です。吉原遊郭は元和3年(1617)、幕府の許可を得て庄司甚右衛門が江戸市中に散在していた遊女屋を日本橋葺屋町(ふきやちょう)の東隣(現在の日本橋人形町周辺)に集めたことにはじまります。この地には葦(よし)が生い茂っており、そこから「葦原」、転じて「吉原」と命名されました。しかし次第に吉原が江戸の中心地になってしまったため、明暦3年(1655)に現在地である千束村へ移転となりました。以後、日本橋葺屋町付近にあった頃の吉原を「元吉原」、移転後の吉原を「新吉原」といいます。
この「新吉原」には廓の守護神として五つの稲荷社が存在しました。吉原の入口である大門(おおもん)の手前に「玄徳(よしとく)稲荷社(吉徳稲荷社)」、さらに廓内の四隅には「榎本稲荷社」「明石稲荷社」「開運稲荷社」「九郎助稲荷社」がお祀りされていました。

その後明治5年に、これら五つの稲荷社が合祀され、総称して吉原神社と名付けられました。当初は玄徳稲荷社旧地にお祀りされていましたが、関東大震災にて焼失。震災後は水道尻付近の仮社殿にてお祀りしていましたが、昭和9年に現在地へ新社殿を造営、そのさい新吉原隣接の花園池に鎮座する吉原弁財天も合祀しました。その後昭和20年の東京大空襲で惜しくも焼失しますが、昭和43年に現社殿が造営されて現在に至ります。

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徒歩1分の場所には「吉原弁財天本宮」があり、関東大震災で亡くなった遊女の供養のため、大正15年(1926年)に吉原観音像が建てられたそうです。
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御朱印は、いずれも「吉原神社」でいただきました🐍

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浅草 鷲神社(東京都)

2014年11月1日奉拝
鎮座地 東京都台東区千束3-18-7

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「鷲神社」と書いて「おおとりじんじゃ」と読みます。
「おおとり」を社名とする神社は各地にあり、大鳥神社、大鷲神社、鷲神社と漢字は違いますが、全て「おおとりじんじゃ」と読みます。総本社は大阪の大鳥大社とされています。

江戸時代には「鷲明神」とよばれ、別当寺の日蓮宗寺院・鷲在山長国寺がこれを管理していました。
社紋は月星紋。浅草寺の北に広がっていた田畑地内にあり、東には水堀に囲まれた吉原がありました。

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