2016年04月30日

にぎり福

おめでたい笑顔の裏には、「愛」「健」「財」「学」「福」の文字が書かれています。
これを買って毎日握れば、愛も健康も財産もしっかり握り込めるという「にぎり福」(一体¥500)。鎌倉駅そばの本覚寺に伝わる正月の縁起物です。一体づつ手書きで作られるお守りです。ずらり並べて売られているので、好きな文字、気に入った顔を選んで買うのがまた楽しい。
本覚寺には七福神の商売繁盛の神「えびす様」を祀る夷堂があり、正月1〜3日の初えびす、1月10日の本えびすは「鎌倉えびす」と親しまれてます。初えびすでは福娘がお神酒や甘酒を振る舞ってくれ、「にぎり福」のほか、福笹、えびすまんじゅう、えびす大福など縁起物でいっぱいです。
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本覚寺(鎌倉)

妙厳山 本覚寺
2015年9月5日奉拝
神奈川県鎌倉市小町1-12-12 鎮座

本覚寺は、日蓮宗の寺院、日出上人を開山として永亨八年(1436)に創建されました。
現在の本覚寺のあった場所には、日蓮が滞在していた夷堂(えびすどう)があったと伝えられています。
足利持氏が鎌倉の夷堂があった場所に寺を建てて日出上人に寄進した寺院です。

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本堂

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夷堂
源頼朝が鎌倉幕府の開幕の際に、幕府の裏鬼門(南西)にあたる方向の鎮守として建てたとされ、天台宗系のものであった。文永11年(1274年)に佐渡配流から帰った日蓮が一時、夷堂に滞在して辻説法などの拠点としていた

本尊は釈迦三尊像
ですが、今回は創建に深くかかわりがある夷様の御朱印を頂きました
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2016年04月29日

浄妙寺(鎌倉)

稲荷山(とうかさん)浄妙広利禅寺
2015年9月5日奉拝
神奈川県鎌倉市浄明寺3-8-31 鎮座

鎌倉五山の第五位
鎌倉三十三観音第9番

開基は足利義兼(よしかね)、開基は退耕行勇(たいこう・ぎょうゆう)で、初め極楽寺と称し当初は密教系の寺院でした。その後建長寺開山の蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)の弟子月峯了然(げっぽうりょうねん)が住職になってから禅刹に改め、寺名も浄妙寺と称しました。
足利義満が五山の制を定めた頃は七堂伽藍が完備し、塔頭二十三院を数えたが、火災などのため漸次衰退して現在に至る。

お寺の名前は「浄妙寺」ですが、この辺りの地名やバス停名は「浄明寺」と異なる漢字を当てています。これは、格式の高いお寺へ遠慮してのことらしいです

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石窯ガーデンテラスは、浄妙寺境内に建つ90年近い歴史を刻んだ洋館を改装したレストランとして、2000年5月にオープン。この洋館は、戦前、貴族院議員邸として使われていたもの。

この場所には、鎌倉時代、足利尊氏の弟・直義(ただよし)邸がありました。非業の死を遂げた直義の供養のため、人の集まる温かで、にぎやかな場所にしたかったのが、レストランを始めたそもそもの目的とのこと。

御朱印 鎌倉五山
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2016年04月28日

杉本寺(鎌倉)

大蔵山 杉本寺
2015年9月5日奉拝
神奈川県鎌倉市二階堂903 鎮座

本尊は十一面観音
坂東三十三箇所 第1番札所
鎌倉三十三箇所 第1番札所
鎌倉地蔵巡礼 第4番、第6番札所(身代地蔵 尼将軍地蔵)

杉本寺(天台宗)は、鎌倉最古の寺。初の大僧正となった行基の開山。

東国の旅をしていた行基は、731年(天平3年)、大蔵山からみて「この地に観音さまを置こう」と決め、自ら彫刻した観音像を安置した。

その後の734年(天平6年)、光明皇后が夢の中で受けた「財宝を寄付し、東国の治安を正し、人々を救いなさい」というお告げにより、本堂を建立したと伝えられている。

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posted by かめ忍者 at 19:28| 栃木 ☔| Comment(0) | 卍神奈川の寺院 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

獅子頭守

獅子頭守
カタカタ鳴らして邪気を払う。鎌倉宮にて購入出来ます。

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板材で巧みに作られた獅子頭のお守りで「板獅子」とも呼ばれている。獅子は真っ赤に塗られ、力強い面構えもいい。サイズは大小あます。
古くから「厄(悪いもの)を食べ、幸せを招く」と言われ、今では「厄除け・幸運招来・交通安全・身代り」などの願いを叶えるお守として授与されています。

御祭神の護良親王が戦いに赴かれる際、「兜の中に獅子頭のお守りをしのばせて、自らを守っていただいた」との言い伝えがあり、鎌倉宮のご創建当初から授与されるようになりました。
山形庄内地方に古くから良く似た形の獅子頭があり、おそらくそれを原型として作られたもの。

手に持って上下に振ると、口が開いてカタカタ鳴り、この音が邪気を追い払うといいます。
子供が持って遊んでも自然と魔除けの効果があるわけで、玩具とお守りの2つの要素を兼ね備えた逸品ですね。
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2016年04月27日

鎌倉宮

2105年9月5日奉拝
神奈川県鎌倉市二階堂154 鎮座

明治天皇は、護良親王の、平和国家の実現に努力した遺志を伝えていくことを望み、
明治2年に鎌倉宮の設立の勅命を発したとのこと。
長い歴史において、この鎌倉宮が唯一「天皇自らが創建」した神社。
「鎌倉宮」という名前も明治天皇によって名づけられたという。

祭神の護良親王は、「建武の新政」を行なった後醍醐天皇の皇子。
親王は、楠木正成らとともに鎌倉幕府打倒を目指して戦い、幕府滅亡後には征夷大将軍に任ぜられたが、1334年(建武元年)11月15日、武家政権を狙う足利尊氏と対立し、この地にあった東光寺に幽閉されてしまう。
翌1335年(建武2年)、十四代執権北条高時の子北条時行が反乱(中先代の乱)を起こした際、足利尊氏の弟の直義によって殺害された。

境内には、親王が幽閉されていたとされる土牢が残されている。
殺害された親王の首は、廃寺となった理智光寺の住職によって葬られたのだと伝えられ、理智光寺跡には親王の墓がある。

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荏柄天神社(鎌倉)

荏柄天神社(えがらてんじんじゃ)
2015年9月5日奉拝
神奈川県鎌倉市二階堂74 鎮座

荏柄天神社は、源頼朝が鎌倉に入るより前からある古い神社で、1104年(長治元年)の創建と伝わる。
荏柄山天満宮とも称され、鎌倉幕府の鬼門の守護神でもあった。
京都の「北野天満宮」、福岡の「太宰府天満宮」とともに日本三天神の一つに数えられている。

1590年(天正18年)、小田原北条氏を攻め、関東を統一した豊臣秀吉も参拝し、徳川家康に命じて社殿の造営を命じたという。

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入口の鳥居のところの木がすごい

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大きな蝋燭のような像が建っております。
高さ3m、鎌倉に住んでいらした漫画家:故横山隆一が奉納した絵筆塚です。
横山隆一といえば、「 フクちゃん 」 「 おんぶおばけ 」の原作者として知られています。
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2016年04月26日

源氏 二引きの白旗

源氏が白、平家が赤

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鶴岡八幡宮の源平池は、太鼓橋を境に「源氏池」と「平家池」に分けられ、二つの池の姿に歴史を感じます。

源氏の「白旗」の「白」は偽りなき結束、または神の宿る清浄な色と捉え、武士にふさわしい色としたようです。
それに対して平氏の「赤旗」の「赤」ですが、平氏は大陸との貿易を盛んに行っており、不変不滅の色としての「赤」を信仰していた中国の影響を受けていたこと、平安時代の貴族は「赤」を尊び、好んだ色であったことから、平氏が「赤」を採用したのは、平氏がそもそも貴族だったからだともいわれています。

源・平の旗について『平治物語』待賢門戦の条に
「平家は赤た赤しりし、日にえいじてかがやけり、源氏の大はたをしなべて白かりけるが、風に吹きみだされ、いさみすすめる有さまは、誠にすざまじくこそ覚えけれ」とあります。
このように、源・平両氏は、当時、白・赤の旗で、自分たちの目印としたことがわかります。この当時は争うのは2つですから、いずれも無地の源氏の白旗、平家の赤旗の二色ですんだのです。上古以来の朝廷の軍の旗が赤色であったことから、平氏がその伝統を先取りして赤旗を用いたものであり、源氏はその対抗上、白旗を用いたものと考えられていますが、源氏はこの白を純粋無垢、清浄神明の色で、神の宿る色、神の加護(八幡大菩薩)を期待し得る色として掲げていました。

源氏の白旗 二引きの白旗に「八幡大菩薩」
平氏の赤旗 赤地の旗に「南無阿弥陀仏」


鶴岡八幡宮の境内社、旗上弁財天社(はたあげべんざいてんしゃ)では
源頼朝の平家打倒の旗揚げと大願成就にちなみ、源氏の二引きの白旗に願いを掛ける旗上奉納・旗上祈祷が行われています。

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旗上弁財天社(鶴岡八幡宮の境内社)

2015年9月5日奉拝
神奈川県鎌倉市雪ノ下2−1−31 (鶴岡八幡宮の境内社)

旗上弁財天社は鶴岡八幡宮の境内社。
源氏池に浮かぶ島に建てられている。
源頼朝の旗上げのときに、守護神として弁財天が現れたということで、頼朝の妻の北条政子が建立したと言われています。
弁財天は仏教の神様ということで、明治時代の廃仏毀釈で破壊されてしまいましたが、昭和31年に再興されました。現在の社殿は昭和55年に鶴岡八幡宮創建800年を記念して、古図をもとに復元されたものです。

参道や島に並ぶ旗は、奉納された源氏の二引きの白旗。
鎌倉・江ノ島七福神の一つ。

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posted by かめ忍者 at 16:05| 栃木 ☁| Comment(0) | ⛩神奈川の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

相模国一宮 鶴岡八幡宮

2015年9月5日奉拝
神奈川県鎌倉市雪ノ下2−1−31 鎮座

康平6年(1063)源頼義が奥州を平定して鎌倉に帰り、源氏の氏神として出陣に際してご加護を祈願した京都の石清水八幡宮を由比ヶ浜辺にお祀りしたのが始まりです。
その後、源氏再興の旗上げをした源頼朝は、治承4年(1180)鎌倉に入るや直ちに御神意を伺って由比ヶ浜辺の八幡宮を現在の地にお遷しし、 建久2年(1191)には鎌倉幕府の宗社にふさわしく上下両宮の現在の姿に整え、鎌倉の町づくりの中心としました。

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posted by かめ忍者 at 08:09| 栃木 ☁| Comment(0) | ⛩神奈川の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする