2016年08月31日

高尾氷川神社(埼玉県北本市)

2014年4月27日参詣
埼玉県北本市高尾7丁目31番地 鎮座

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平安時代の貞観11年(869年)創建と伝えられる、鎮守の森の風格漂う古社。
室町時代中頃に武蔵国一宮の大宮氷川神社を分祀した。
宮岡の谷津を望む台地に鎮座し、辺り一帯は縄文時代の遺跡がある。
多くの遺物が出土しており、かつて大きな集落があったことがわかっている。

こちらの神社では、市内外の多数の神社を兼任しておられ、地鎮祭などの祭事もあり、宮司さんが御不在の場合も多いとのこと、事前に連絡をしておいたほうが間違いないようです。

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2016年08月29日

沓掛香取神社(茨城県坂東市)

沓掛香取神社(くつかけかとりじんじゃ)
2016年4月24日参詣
茨城県坂東市沓掛4124 鎮座

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創建年代は不詳ですが、経津主大神の傍系孫である美計奴都加佐命が神籬を立て、祖神を祀ったのが始まりとされています

大同二年(809)に空海の巡錫があり、神社の裏側に十一面観音を勧請、弘仁元年(810)に空海が再び参社して別当香取山金乗院を建立し、社僧を置いて看行奉仕させた、とのことです。天宝七年(1836)には境内より空海作の断碑が見つかっています

天慶二年(940)、平将門が社殿を再建、杉の木を植え神木とします
正長元年(1428)、結城氏朝により社殿の修営します
享保九年(1724)、八代将軍徳川吉宗の命による飯沼開発が行われます。その際に、この沼周りの名主及び代表者144人が神前で大願成就を祈願し、難工事も享保十三年に滞りなく竣工します。飯沼の人々は神恩に感謝し、現在の本殿を奉納しています
天保年間に愛宕神社祭神、軻遇突智大神が合祀されます
旧社格は村社に列格しています

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2016年08月27日

東蕗田天満社(茨城県八千代町)

東蕗田天満社(ひがしふきたてんまんしゃ)
2016年4月24日参詣
茨城県結城郡八千代町東蕗田242 鎮座

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創建は正応元年(1288年)、現在地より北に祠があり成就寺という寺があり、そこの住職が神官も兼ねていました。
そこの住職、法印善海が霊夢の物語を京都北野梅松院に奏上したことにより白川家に懇請し、勅宣を以って北野天満宮より分霊を勧請したのがはじまりだそうです。

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ここのすぐそばに筑波サーキットあり 私の参拝時もエンジン音が響いていました。

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2016年08月25日

野爪 鹿嶋神社(茨城県八千代町)

2016年4月24日参詣
茨城県結城郡八千代町野爪428 鎮座

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鹿嶋神社は、平安時代初期の大同元年(806)に藤原鎌足の後裔藤原音麿によって、常陸国一の宮の鹿島神宮の神霊が、当地に分祀されたのに起源する。
鎌倉時代以降、結城家代々の尊崇を受け隆盛をみるが、度重なる戦乱や天災に遭遇し、社殿喪失の憂目をみている。しかし、結城家一族や地域の人々の信仰に支えられ、また当神社の神官の献身によって再建され今日に至っています。

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御朱印は神社に向かって右手、宮司さん宅にていただけます。

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2016年08月24日

胎安神社 国内唯一の胎内安全の神(茨城県)

胎安(たやす)神社
2016年4月16日参詣
茨城県かすみがうら市西野寺434 鎮座

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創建は天平宝字6年(763年)、香取神宮の分霊を勧請し、相殿として梅宮大社の分霊を勧請したのが始まりとされる。

社伝によると、京都・梅宮大社から分霊を勧請した、国内唯一の胎内安全の神。

八幡太郎(源)義家が奥州征伐の途上、内室の為に胎内安全安産を祈願され、嫡男出産の日を祭日と定められて参拝したといい、源氏の代表紋である「笹竜胆(ささりんどう)」の使用を許されたらしい。
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御朱印は社務所にて頂きました。
その際に缶入りの温かいお茶をくださいました、ありがとうございました( ఠ_ఠ )

近年の御朱印ブームで参拝者が増えたのが嬉しく月替わりでお花のスタンプを捺すようになったそうです。
今回は4月なので サクラのスタンプでした。
オマケで季節ごとに変わるという手作りの栞も頂きました。
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2016年08月23日

子安神社(茨城県かすみがうら市)

子安(こやす)神社
2016年4月16日参詣
茨城県かすみがうら市東野寺239-1 鎮座(旧千代田町)

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苔の絨毯の広がる趣深い社殿


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安産、子育て、子授かりの守護神として厚い崇敬信仰を集めている神社で、創建は大同二年(807年)とつ伝えられています。

御祭神は「木花咲耶姫命」と「武甕槌命」です。

鎌倉街道を挟んで鎮座する胎安神社とは深い関係があるそうです。どちらも木花咲耶姫命を祀り、安産子育ての神社という点が同じですが、もう一柱のご祭神が、それぞれ武甕槌命と経津主命です。この二柱の神様は、言わずとしれた鹿島神宮と香取神宮の主祭神であり、両神社とも二社で一体の崇敬を集め、利根川を挟んで鎮座しています。

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2016年08月22日

村上 佐志能神社(茨城県石岡市)

佐志能神社(さしのじんじゃ)
2016年4月16日参詣
茨城県石岡市染谷字峠1856 鎮座

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延喜式神名帳に「常陸國新治郡 佐志能神社」として記された延喜式内小社の論社となっています。
古くから鎮座地が村上村であった為、「村上神社」と呼ばれていました。また、前回紹介の染谷佐志能神社と同じ龍神山の麓に鎮座している事から、「龍神社」と称されていたこともあったそうです。

創建時期は不詳ですが、「茨城県の神社覚書II」鎌田啓司著によると寛永3年(1626)に村上村が分村し染谷村が誕生したのだが、村上神社が染谷村内になってしまったために新たに創建したらしい。
そんなことから基本、由緒は染谷の佐志能神社と同じであると考えていいと思います。

場所はわかりづらく、周りはひっそりとした住宅街
村上地区農村センターを目標に進むとよい

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御朱印は石岡 金刀比羅神社にて頂きました


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2016年08月21日

染谷 佐志能神社(茨城県石岡市)

佐志能神社(さしのじんじゃ)
2016年4月16日参詣
茨城県石岡市染谷1856 鎮座

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延喜式神名帳に「常陸國新治郡 佐志能神社」として記された延喜式内小社の論社となっています。
石岡には二社の佐志能神社(染谷と村上)があり雄雌の龍神(雨の神)が対で祀られています。

祭神の豊城入彦命は10代崇神天皇の第一皇子で、崇神天皇の勅命で東国鎮定を任され、大功をたてます。そのことにより子孫は東国の国造に命じられる事が多く、祭神の玄孫である荒田別命の子孫、佐白公が新治国造に任じられた時に、祖神を龍神山に鎮祭したのが始まりとされているようです。佐志能というのも、佐白が転訛したものであるとされています。
また、以前には村上村にあったので、日本三代実録には村上神とも書かれています。
時代は下り、村上村より染谷村が分村する際、当社は染谷村の地域に入ります。
この事から、村上村では別に佐志能神社(村上社)を創立し、日本武尊と闇龗神(くらおかみのかみ)を鎮斎したとのことです。これは、同じ龍神山に鎮座する、村上の佐志能神社の御由緒に関わる部分になります。

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神社の鎮座地である龍神山です。
その昔はなだらかな山稜であったそうですが、民間の採石業者に売却され、現在はポッカリと中央が抉れたような姿に

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御朱印は、常陸国総社宮にていただけます。


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2016年08月20日

常陸國總社宮 手塚治虫先生コラボレーション

2016年4月16日参詣
茨城県石岡市總社2−8−1 鎮座

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ご先祖の手塚良庵が石岡にご縁のある手塚治虫先生。
常陸國風土記勅撰1300年を記念して、名作『火の鳥』のヤマトタケルノミコトを代表に手塚作品と總社宮のコラボレーションが実現したそうです。

神職さんの脳裏にひらめいたのが『火の鳥 ヤマト編』だったそうです
過去から現在、そして未来にわたり、不死の生命体・火の鳥をめぐる遠大なストーリーが織りなす同作の中でヤマト編にはミコトと思われるキャラクターが登場。しかも常陸國總社宮の腰掛石を思わせる石に彼が座っている場面があるのです。

手塚治虫さんが描いたミコトをモチーフにしたお守りと絵馬を作るべく手塚プロダクションに直談判したところ、同社は快諾。神社と手塚治虫さんとの世界初のコラボレーションが実現したそうです。


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江戸時代の石岡市は府中藩と呼ばれ、藩主松平氏が治めていました。手塚治虫先生の曽祖父は手塚良庵(二代目良仙)という人物で、府中藩主の侍医でした。この実在の良庵と、架空の藩士・伊武谷万二郎を主人公にして、手塚先生が自らのルーツを描くべく上梓したのが『陽だまりの樹』という作品

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正面には、とても風情のある茅葺きの神門(随神門)

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境内には、日本武尊が腰掛けたといわれる「腰掛石」。

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創立年代は不詳。天平年間に国府南方の日本武尊の遺跡跡という神石(境内に日本武尊腰掛石あり)のちかくに創建され、天神地祇6神を祀ったことに始まるという。
中世期には総社神社神主職の清原氏は一之宮鹿島神宮の神事役を催促して祭礼をとりまとめる奉行職的な役割をはたしており、中世の国衙機能のなかで神事行政の中心的な位置づけでもあった。

明治4年郷社列格。明治31年県社昇格。

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拝殿は東日本大震災で損壊し修復中にて 仮拝殿にて参拝
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posted by かめ忍者 at 10:39| 栃木 ☔| Comment(0) | 茨城の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月19日

茨城石岡のこんぴらさん金刀比羅神社

金刀比羅神社(茨城県石岡市)
2016年4月16日参詣
茨城県石岡市国府6丁目2−1 鎮座

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平安時代中頃に、桓武天皇の曾孫である平高望(たいらのたかもち)王から国香(くにか)・貞盛(さだもり)らが常陸大掾(ひたちのだいじょう)という官職を得て国府に着任して以来、そのまま土着して勢力基盤を築き上げると、平氏ゆかりの神社として森の祭祀が継承されるようになりました。

森は「大森太明神」と尊称され、歴代の平氏の子女が祭主となって神役に勤仕していたと伝えられます。 また森には、森の祭祀に従事する平氏の御殿「森木殿」があり、神仏混淆であったその時代には森木寺や八大寺という寺院が付属していました。 天正18年(1590)、戦乱と兵火の中に巻き込まれて、森は壊滅し、六百有余年の長期間にわたって当地を支配していた常陸平氏も滅亡しました。
その後、平氏の後裔である別当八大院によって神社が復興されております。

江戸時代には「こんぴら信仰」が人々の間に流行し、当社も「金毘羅大権現」として信仰されていったようです。
文政十年(1827)に、あらためて讃岐國象頭山の金毘羅大権現より御分霊を勧請しています。
その後、「笠間の稲荷か、石岡の金刀比羅さまか」と言われるほど賑わいを極めたようです。
明治三十九年に香取神社と合併、現在の社地は香取神社の旧社地になるそうです旧社格は無社格です。
当社はまた幾度も火災に遭遇しており、最近のものでは昭和四年の石岡の大火で消失、平成十二年にも火災で社殿が焼失し、平成十九年に現在の社殿が再建されています。

御朱印を書いて頂いている時間に、パートナーは なんと境内にて四葉のクローバーを2つ見つけておりました。

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posted by かめ忍者 at 21:27| 栃木 🌁| Comment(0) | 茨城の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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