2017年03月29日

上総國一之宮 玉前神社(千葉県一宮町)

2017年(平成29年)3月5日 参詣
千葉県長生郡一宮町一宮3048 鎮座

延喜式内社(名神大社)であり、上総国の一之宮。
旧社格では国幣中社に列し、現在は別表神社となっている。
上総国一之宮として古くから崇敬を集めている。

玉前神社、名称の由来
御祭神に由来するという説、九十九里浜を古くは「玉の浦」とたたえ太東崎を南端とするところから玉崎(前)となったと云う説など諸説があります。

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一の鳥居

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大鳥居の狛犬と後ろに社号標

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二の鳥居

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御神水

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二の鳥居、三の鳥居の間、手水舎前にいた狛犬

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手水舎

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三の鳥居

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拝殿

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拝殿(左から撮影)

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拝殿(右から撮影)

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本殿

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由緒
一宮町は房総半島九十九里浜の最南端に位置し、一年を通して寒暑の差が少なく温暖な気候に恵まれた土地で、縄文弥生の頃から人々の営みがあったことが遺跡や貝塚などによって明らかにされています。
歴史の古いこの一宮町の名称の由来となった玉前神社は上総国にまつられる古社であり、平安時代にまとめられた『延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)』では名神大社(みょうじんたいしゃ)としてその名を列せられ、全国でも重きをおくべき神社として古くから朝廷・豪族・幕府の信仰を集め、上総国一之宮(かずさのくにいちのみや)の格式を保ってまいりました。
しかしながら永禄年間の大きな戦火にかかり、社殿・宝物・文書の多くを焼失しており、ご創建の由来や年数また名称についてなど明らかにされていませんが、毎年九月十日から十三日に行われるご例祭には少なくとも千二百年の歴史があり、移りゆく時代に少しずつその形を変えながらも、古代からの深い意義を連綿と守り伝えてきたことを何よりの宝物として、この郷の人々と共に大切にしています。
「上総の裸まつり」「十二社まつり」と称されるこのお祭りは房総半島に多く見られる浜降り神事の代表として広く知られ、壮大な儀礼をひと目見ようと、関東一円から大勢の人々が集います。


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「十二社祭り千二百年記念」事業として「平成の大修理」を行っていて、新社殿の改修が出来上がったばかりでした

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境内社の十二神社

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十二神社鳥居

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はだしの道

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はだしの道・説明板

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受付所(総合案内)にて御朱印を頂きました

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玉前神社の他、一の宮の御朱印帳も置いてありました

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御朱印


posted by かめ忍者 at 10:34| 栃木 ☀| Comment(0) | 千葉の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月26日

八街神社(千葉県八街市)

八街(やちまた)神社
2017年(平成29年)3月5日 参詣
千葉県八街市八街へ217 鎮座

八街の住所番地は「いろはにほへと」で区分されています。
千葉県は 他にも香取市佐原地区や 旭市、山武市の蓮沼地区などが「いろはに・・・」を使用

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鳥居

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手水舎

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参道から拝殿

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狛犬

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拝殿

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扁額

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本殿

御祭神 須佐之男命・稲田姫命・大己貴命

由緒
明治5年(1872)5月、武蔵野国北足立郡出身で八街、三咲、九美上などの開墾を率先して行った西村郡司氏が、家の氏神である大宮氷川神社の分霊を乞い、八街村 実住 字 氷川台ほ215番地 (現在の四区)に 祠(ほこら)をつくり、氷川様(ひかわさま)をまつったのが始まりです。
そして明治6年(1873)11月23日、官許を得て産土神八街神社とし、個人の社から地元の社にかわり、明治13年(1880)11月2日、氷川神社の本社より改めて遷座を行い、本社の宮司が八街で遷座式祭儀を行い、この後、実住、東実住、住野、西林、夕日丘、真井原、小間子の鎮守となりました。
明治27年(1894)、当時の合併による新八街村の村域と神社の位置を考慮して、西村家提供により現在の場所に当たる八街村八街へ217番地(六区) に遷宮し、村独立の11月2日を祭礼の日としました。

八街神社は明治6年11月、村民の希望により、元官幣大社氷川神社の御霊を勧請し八街村の産土神として祀っていたが、明治12年10月、戸長大久保正雄氏と西村郡司氏は氷川神社神官を再度招き盛大かつ厳粛な遷座祭を斎行した。
明治26年西村家より、現在地に土地11町歩余の寄進を受けて社殿を建立、明治27年11月3日遷座祭が斎行され、以後氏子崇敬者の心の拠り所として崇拝されてきた。
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社務所
開いている日と閉まっている日が あるので御朱印希望は電話確認が必須

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御朱印

posted by かめ忍者 at 22:11| 栃木 ☔| Comment(0) | 千葉の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月25日

smile.Glico 笑顔トリビア

グリコのスマイルグリコのCMが素敵です
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俳優の妻夫木聡が出演するグリコのCM。

小学生の同級生たちと一緒に恩師宅を訪問する妻夫木さんは、30代後半。明るいハッピーな笑顔の仲間に囲まれながらも、浮かない顔の彼。席を外して縁側に腰かけていると、友達がグリコキャラメルを出してきた。

「smile.Glico 笑顔トリビア」 2016年12月19日公開

「あなたが笑えば、世界が変わる」

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人はなぜ笑うのだろう


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笑顔でいると頼りにされる


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笑うと脳が活性化される


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子供は1日平均400回笑う


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大人になると15回に減る


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笑顔の方が記憶にのこりやすい


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笑うから幸せになれる



人はなぜ笑うのだろう。


笑顔がなくても、生きてはいける。

【 笑顔でいると頼りにされる 】
【 笑うと脳が活性化する 】
【 笑顔は、300フィート先でも認識できる表情 】
【 誰かと一緒の方が、30倍も笑いやすい 】
【 子どもは1日平均400回笑う 】
【 大人になると15回に減る 】
【 笑顔の人の方が記憶に残りやすい 】
【 大切な人を想うと、自然な笑顔になる 】
【 世界でたったひとりだったら 人はきっと笑顔になれない 】
【幸せだから笑うのではなく 笑うから幸せになれる 】




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2017年03月24日

星光山 教王院 智音寺(栃木県鹿沼市)

2017年(平成29年)2月26日 参詣
栃木県鹿沼市茂呂1498 鎮座

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寺号標

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参道途中にある薬師堂
お薬師様も、「茂呂薬師」と呼ばれているそうです

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山門

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手水舎

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寺院内

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本堂

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◆宗派
天台宗
◆御本尊
阿弥陀如来


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「関東九十一薬師霊場・第56番札所」の御朱印


posted by かめ忍者 at 02:00| 栃木 ☁| Comment(0) | 栃木の神社・寺院(南西) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月23日

下野国 鷲宮神社(栃木県)再訪

2017年(平成29年)2月26日 参詣
栃木市都賀町家中451−2 鎮座

前回2015年03月30日の下野国 鷲宮神社
参拝記事

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境内入口、鳥居

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参道

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手水舎

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手水舎にニワトリ、お酉様ですから

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狛犬

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夢福神

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拝殿

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本殿

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御祭神 天日鷲命 大己貴命

創建は大同3年(808年)、元は現在地の東側を流れる思川河畔に鎮座していましたが、度重なる氾濫の為に承平元年(931年)に現在地へと遷座しました。

鎌倉幕府二代将軍、源頼家公が幼少の折、今の「百日ぜき」に罹り心配した頼朝の妻二位尼君(政子)が当社に鳥肉と卵を絶って病が治る様に祈願をし、頼家が回復するとお礼参りの使者として佐々木四郎高綱を社参させたといわれています。

「咳止めの神様」といわれる由縁



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社務所

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御朱印

posted by かめ忍者 at 01:00| 栃木 ☁| Comment(0) | 茨城の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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