2017年03月11日

相模國四之宮 前鳥神社(神奈川県平塚市)

2017年(平成29年)2月24日 参詣
神奈川県平塚市四之宮4丁目14−26 鎮座

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狛犬
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平成30年が御鎮座1650年になるとのことで、境内各所に重機が入り改修工事が行われていました。
鳥居も新造されるそうです。

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鎮守の杜に囲まれた参道の先に社殿

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手水舎

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拝殿
右手前には大きな松の木があり、幸せの松と呼ばれています。稀に四本の葉をつけ、この葉を身に着けると幸せになれると伝えられています。参拝の際は是非探してみて下さい。

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御神木の松かさにも ご利益


神社名の「さきとり」は平安以前の古い地名で、相模川河原に接する自然堤防の南端で、地形名から起こったと言われています。奈良時代の天平7年(735年)の『相模國封戸租交易帳」には「大住郡埼取郷」として記載されています。

この「さきとり」の地に奈良時代以前、畿内から御祭神を「氏の上」とする氏人が移り住み、遺徳を偲び、清浄な地にお祀りしたのが「さきとり」神社と考えられます。
延喜年間(901〜923年)に編纂された『延喜式』という法制書の中で全国の著名な神社が収録されている神名帳に「前鳥神社」と記され、相模国の十三座のひとつとして登載されています。また、四之宮の称は、養老年間(717〜724年)の相模国の国府祭が始まったとされる頃に生じ、平安時代には四之宮郷として通称されるようになりました。


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本殿
•御祭神
菟道稚郎子命(うぢのわきいらつこのみこと)
大山咋命(おおやまくいのみこと)
日本武尊(やまとたけるのみこと)

全国にも珍しい、ご祭神は菟道稚郎子命
菟道稚郎子命は第15代応神天皇の皇太子でした。
論語などの中国の漢書を日本で始めて学ばれたほか、技術を持つ渡来人を受け入れ、産業・経済の発展に尽力。多くの人々に仕事を授けました。そのことから学問はもちろんのこと、就職の神様としても崇められています。
ちなみに菟道稚郎子命は、天皇の位を兄皇子(仁徳天皇)に譲るために自らお亡くなりになられ、天皇にはなりませんでした。
菟道稚郎子命を祀っているのは全国でも珍しく、さらになぜ宮があったとされる京都の宇治から離れた関東の地で祀られているのかは不明。


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鐘楼が有ります。

時代が近世初期になってからは、寺社領の確定により、古義真言宗雪霜山鏡智院神光寺が別当寺として祭事のすべてを掌っておりました。そして、明治維新の大改革の際に鏡智院家が復飾、名を神代にあらため、現在に至るまで神仕(かみつかえ)の職に就いています。

昔は神社を御寺が守っていたので、和尚さん達も出入り
そして神社には別当寺と呼ばれる管理担当寺院が設置されていました。宮司さんと和尚さんが協力して日本の文化を守っていた訳です。

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社務所

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御朱印

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2017年03月08日

花園神社(東京都新宿区)

2017年(平成29年)2月4日 参詣
東京都新宿区新宿 5-17-3 鎮座

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看板

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大鳥居前の社号標
昭和40年(1965年)以前の名称「花園稲荷神社」が残る

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大鳥居

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大鳥居前を守る狛犬

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手水舎

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境内の梅が満開でした

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拝殿

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本殿

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創建時期は不明だが、徳川家康が江戸に入った1590年にはすで存在しており、大和吉野山よりの勧請と伝えらる。その後、当地に内藤新宿が開かれるとその鎮守として祭られるようになる。
元々は現在地よりも約250メートル南にあったが、寛政年間その地を朝倉筑後守が拝領しその下屋敷の敷地内となって参拝ができなくなり、氏子がその旨を幕府に訴えて、尾張藩下屋敷の庭の一部である現在地を拝領し、現在の地に遷座した。

そこは多くの花が咲き乱れていた花園の跡であることから「花園稲荷神社」と呼ばれるようになったと伝えられ、真義真言宗豊山派愛染院の別院・三光院の住職が別当を勤めたことから「三光院稲荷」とも、地名から「四谷追分稲荷」とも呼ばれていた。
明治に入ると村社に列格したが、その際、まだ「稲荷神社」と呼ばれていた。一説には届出の際に「花園」を書き忘れたといわれるが、大正15年に改名願を出し「花園稲荷神社」に改称した。
昭和3年、現新宿4丁目にあった雷電稲荷神社(雷電神社)を合祀、郷社に昇格。
昭和40年(1965年)、現在のコンクリート製の本殿に建て替えられ、その際に末社・大鳥神社(祭神・日本武尊)を本殿に合祀し、社名を現在の「花園神社」に改めた。

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新宿ゴールデン街側の鳥居

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その鳥居をくぐると鉄格子におおわれた銅の唐獅子像。
江戸末期の鋳工として名高い「村田整a」の作品で、文政4年(1821年)に造立されたものです。
新宿区の有形文化財に指定されています。

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社務所

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御朱印

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2017年03月06日

『君の名は。』の舞台!四谷 須賀神社

2017年(平成29年)2月4日 参詣
東京都新宿区須賀町5 鎮座

アニメ映画『君の名は。』その舞台モデルとなった四谷の須賀神社
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「君の名は。」ラストシーンに出てくる四谷須賀神社へ続く階段

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鳥居

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手水舎

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狛犬
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拝殿

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本殿


須賀神社は、四谷稲荷神社とされていたそうですが、明治元年に須賀神社と改称されたとのことです。
須賀神社の名前は、須佐之男命が、八頭の大蛇を打ち取った後、「心須賀し、須賀し」と宣った故事に由来したと言われています。

階段や坂に囲まれた高台の上にあり、神社の北側に2ケ所の階段が利用できます。
社殿は、文政2年に建立された後、老朽化に伴い、平成元年に大改修が行われ、現在の華麗な神社に生まれ変わりました。

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社殿の横のある冠木門形式の鳥居

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拝殿脇の社務所へ続く通路を守る狛犬

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社務所内に「友愛」鳩山一郎

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御朱印

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2017年03月04日

古賀志山 日吉神社(宇都宮)

2017年(平成29年)1月29日 参詣
栃木県宇都宮市古賀志町352 鎮座

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古賀志石の鳥居

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説明板

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参道から石段を望む

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狛犬
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拝殿

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拝殿、斜めより

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拝殿、側面

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扁額

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右手より本殿(覆い屋)

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左手より本殿(覆い屋)

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本殿


日吉神社は長治元年(1104年)宇都宮氏第2代当主宗綱が遠く近江坂本の日吉大社より大山咋神を古賀志山麓の地にお迎えしたのが始まりです。
その後、天正元年(1573年)の宇都宮氏と壬生氏の合戦により社殿が炎上し現在の地に移したといわれています。
御祭神の大山咋命(おおやまくいのみこと)の「くい」とは山麓の田畑の作物をグイグイと育てて下さる御神徳を指したものです。
また日吉神社では、猿が神様の使いであり、「神猿(まさる)」といい「魔去る・勝る」に通じ、魔除け・勝運の御利益をいただけるものとして信仰されています。

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絵馬

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宮司さん宅、社務所にて御朱印をいただきました

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御朱印

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2017年03月02日

金沢銘菓『中田屋のきんつば』

金沢のお土産で頂きました
『中田屋』さんの「きんつば」です。餡の粒が大きくて、甘さも上品で本当に美味しいんです


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龍のマークは創業者「中田憲龍」さんが考案

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包装はこんな感じ。きんつばのお値段は、箱入りで「5個入り箱(892円)」「12個入箱(2,121円)」

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中田屋さんのきんつばの表面
四角く切り分けたところに、一つひとつ薄い衣を刷毛で塗りながら焼いているとか。口当たりが上品でまろやかです

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餡の粒が大きいのが分かります。見るからに甘そうですが、甘さは極力控えめになっていて、つい沢山食べてしまいます。


※艶やかな大納言小豆のつぶ餡
中田屋のきんつばの、その特徴は半分に割ったときに見ることができる、艶やかなつぶ餡です。職人が大粒の大納言小豆の形を崩さないよう、丁寧に時間をかけてじっくりと炊き上げたものです。
四季の気候の変化が大きな北陸では、温度や湿度管理によって小豆の炊き方を変えるなどの工夫が必要です。こうして、小豆餡は職人の永年の経験と勘によって中田屋のきんつばに最適な状態に炊き上げます。
「中田屋のこだわり」より


■きんつば 中田屋
本 店/ 石川県金沢市元町2-4-8 TEL:0120-588-228
販売店/ 金沢市内支店及び百貨店常設店舗、島屋・三越各店
HP: http://www.kintuba.co.jp/main.html
※オンラインショップもあります

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2017年03月01日

伊勢崎神社(群馬)

2017年(平成29年)1月14日 参詣
群馬県伊勢崎市本町21-1 鎮座

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鳥居と社号標

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手水舎

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狛犬
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拝殿

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拝殿正面入口の上部には、戦時中、中島飛行機(富士重工業の前身)の社員が奉納した木製のプロペラがあります。飛行機が戦争から無事に帰ってくる様にと、渡航安全・航空安全を祈願したものです。

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本殿

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本殿、真裏より撮影

1213年(建保元年)に三浦義澄によって創建されたと伝えられている。旧称は飯福神社、通称「いいふくさま」。江戸時代には伊勢崎藩の神社だった(伊勢崎陣屋は伊勢崎神社から見て北西約500メートルほどの場所に立地)。
1926年(大正15年)に、近郷の神社を合祀し、伊勢崎神社に改名。また、1941年(昭和16年)には県社に列せられる。現在の社殿は1848年(嘉永元年)の建築。
また、「伊勢崎」の地名は、元亀年間(1570年 - 1573年)に伊勢神宮を勧請したことから名づけられたと言い伝えられている。

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境内脇のとり

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芭蕉句碑

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社務所

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御朱印

posted by かめ忍者 at 01:00| 栃木 ☀| Comment(0) | ⛩群馬の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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