2017年04月01日

天津神明宮(千葉県鴨川市)

天津神明宮(あまつしんめいぐう)
2017年(平成29年)3月5日 参詣
千葉県鴨川市天津2954 鎮座

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社号標

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一の鳥居

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二の鳥居

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三の鳥居

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狛犬

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説明板

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手水舎

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拝殿

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扁額

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本殿

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神代の昔、天孫降臨に当って国譲りした事代主神が海路当地に移り、東方鎮護の神として鎮座し、これを庤明神と崇敬したことが当社の始まりと伝えられている。

平安時代末期の治承4年(1180年)、石橋山の戦いに敗れ安房に逃れた源頼朝が、源氏の再興を伊勢の神宮(伊勢神宮)に祈願し、御厨一処の寄進を祈誓したという。

また、寿永元年(1182年)に、頼朝の妻である北条政子の安産祈願の祈祷のため、奉幣使として三浦義村が当社へ遣わされた。

頼朝は一ノ谷の戦いの後、寿永3年(1184年)、安房国に東条御厨(白浜御厨、阿摩津御厨)を設け、伊勢より神霊を勧請し、以前より鎮座の庤明神とともに祀った。

文治元年(1185年)には生倫神主が参籠したところ、霊夢の奇端があったので、頼朝から飛龍と号する馬が奉納され、以降も関東武家の崇敬を受け、「房州伊勢の宮」と仰がれた。

小湊に誕生した日蓮も当社を深く尊崇し、修行地清澄への道程には、必ず当社を参拝したと伝わる。当社について、「日本第二のみくりやや今は日本第一なり」としたという。

また、日蓮は開宗後、妙法弘通を当社に祈願、その時奉納されたと伝えられる「川向の御曼陀羅(布本尊)」が宝物として所蔵している。

現在までに御祭神は、天照皇大神・豊受大神・八重事代主神(えびす様)で、大山祇大神ほか7柱を合祀している。例祭は10月16日で、その前日の15日が宵宮で献燈祭。


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まるばちしゃの木
中国大陸南部や海南島、台湾などに生育している亜熱帯性の落葉喬木で、その北限として価値が高く、県の天然記念物に指定されている。
「なんじゃもんじゃ」の呼称伝説もある神木

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戦没者慰霊碑

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境内東側の山にはすぐれた極相林があり、「神明神社の林」として市の天然記念物に指定され、山頂には伊邪那岐大神・伊邪那美大神を祀る諾冉神社が鎮座する。


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御朱印、伊勢神宮と同じ形式で印だけです。
「その代りと言ってはなんですが、私の落書きですよ。」
と言ってくれたのが、別の和紙に書かれた「神人和楽」

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「神人和楽」
神、そして人、和み、楽しむ

posted by かめ忍者 at 01:00| 栃木 ☀| Comment(0) | 千葉の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする