2017年05月10日

稲毛神社 〜川崎山王社〜(神奈川県川崎市)

2017年(平成29年)4月1日 参詣
神奈川県川崎市川崎区宮本町7−7 鎮座

旧社格は郷社で、現在は神社本庁の別表神社。旧称は山王権現、武甕槌神社で、現在も山王様の通称で呼ばれる。

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社号標

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大鳥居

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もう1つの出入り口にある鳥居
境内は桜まつりの準備中

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手水舎

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拝殿前の鳥居

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拝殿前の狛犬

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拝殿

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扁額

創建の年代は詳らかではありませんが、社伝によれば、第十二代景行天皇が東国御巡遊のおり当神社に賊難を避けられたといい、第二十九代欽明天皇の御代、この地方に動乱が絶えなかったため、天皇は当神社に幣帛・七串を奉り、新たに経津主神、菊理媛神、伊弉諾神、伊弉冉神を配祀せしめられ、戦勝とその後の親和協力を祈られ、以後長く勅願所であったと伝えられます。

山王権現の称号は、天台宗系の神仏習合思想「山王一実神道」によりますが、慶応四年、下向された有栖川宮熾仁親王殿下が当神社にご休憩され、その折りの殿下の御言葉「御社名、新政府の神仏分離の方針に相応しからず」により、鎮座地武蔵国稲毛庄の名をとって「川崎大神稲毛神社」と改称しました。その後、一時「川崎大神宮」と呼ばれた時期もありましたが、明治中期には「稲毛神社」が固定しました。

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江戸時代には「山王様の大銀杏」として知られ、広重の「武相名所旅絵日記」などに描かれている。
また「禺老忠政遊覧記」には「この大銀杏の周囲を回りながら願い事をすると、ことごとく叶う。特に縁結び、子授け、子育て、学問稽古事の向上に霊験があり、参拝者がたえない」と書かれているという。

昭和二十年(1945)の戦火により大きく損傷。
しかしながら枯れ木とはならず、年とともに蘇り現在も見事な姿を見せてくれている。
昭和六十一年(1986)、境内整備事業の一環として、この御神木の周囲に十二支のブロンズ像を置き、「十二支めぐり」として整備された。


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大鳥居以外の出入り口の門

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大鳥居以外の出入り口の門にも社号標

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拝殿から社務所へ向かう参道にも狛犬

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天地睨みの狛犬

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社務所

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社務所内に授与所がありました、ここで御朱印をいただきました

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御朱印
「健勝堅固」の文字が特徴的

posted by かめ忍者 at 13:43| 栃木 ☔| Comment(0) | ⛩神奈川の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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