2017年06月30日

「関東のいづもさん」出雲大社相模分祠(神奈川県秦野市)

2017年(平成29年)5月2日 参詣
神奈川県秦野市平沢1221 鎮座

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鳥居

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手水舎

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出雲大社は参拝の仕方が特殊です
一般的には 二拝二拍手一拝でお参りしますが
出雲大社は二拝四拍手一拝
この四拍手には『四合わせ=幸せ』になりますようにとの意味が込められているのだそうです。

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拝殿

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出雲大社ならではの注連縄

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御祭神
大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)
事代主大神(ことしろぬしのおおかみ)


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本殿

正に出雲大社の分社、相模の出雲大社です。
明治21年に現在の秦野市の渋沢、峠地区に建立され、昭和50年に現在位置(秦野市平沢)に移転しました。

沿革
島根県御鎮座の「出雲大社」第80代国造・千家尊福公の要請によって、当地累代の神職であり、「秦野煙草の祖」と仰がれる草山貞胤翁が、出雲の大神の御分霊をこの地に鎮祭申し上げ、大国主大神の御神徳を関東地方に広めるための要処としたのを創まりとします。


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御朱印は拝殿斜め前の授与所で拝受

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2017年06月26日

足利七福神めぐり 宝印受帳

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栃木県 足利七福神めぐり 宝印受帳

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栃木県の足利は古来から織物のまちとして栄え、商売が盛んに行われてきました。
そのような歴史風土のなかで、まちの繁栄と家運の隆昌、健康増進はかつてから足利の人々の願いでした。

これを受けて、昭和17年から始まった『足利七福神めぐり』。
第二次世界大戦中に一時中断しましたが、昭和50年代の七福神ブームを刺激に、昭和62年のお正月に復活しました。

名所旧跡や、豊かな自然を感じることができる『足利市七福神めぐり』。

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太平記館(足利市観光協会)にて¥100で購入
足利のみやげ品の販売、観光情報の提供、休憩スペースなど、訪れた方のおもてなしをしてくれます
(無料観光駐車場)

・大黒天(鑁阿寺) 足利市家富町2220番地
・大黒天(徳蔵寺)足利市猿田町9-3番地
・寿老人(心通院) 足利市本城一丁目1742番地
・明石弁天(本城厳島神社) 足利市本城二丁目1860番地
・長尾弁天(通六丁目厳島神社) 足利市通六丁目3177番地
・名草弁天(名草厳島神社)足利市名草上町4990番地
・弁財天(正善寺)足利市常見町1-12-15
・福禄寿尊(長林寺) 足利市西宮町2884番地
・恵比寿神(西宮神社) 足利市西宮町2931番地
・毘沙門天(常念寺) 足利市通七丁目3094番地
・毘沙門天(最勝寺)足利市大岩町264番地
・布袋尊(福厳寺) 足利市緑町1丁目3270番地

徒歩コース
太平記館→鑁阿寺(大黒天)→心通院(寿老人)→明石弁天(本城厳島神社)→長尾弁天(通6丁目厳島神社)→長林寺(福禄寿)
→西宮神社(恵比寿神)→常念寺(毘沙門天)→福厳寺(布袋尊)→太平記館

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2017年06月25日

雨降山 大山寺(神奈川県伊勢原市)

大山寺(おおやまでら)
2017年(平成29年)5月2日 参詣
神奈川県伊勢原市大山724 鎮座

大山不動の通称で知られており高幡山金剛寺、成田山新勝寺と共に「関東の三大不動」に数えられています

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大山ケーブルカー駅近くの伊勢原市営第二駐車場に車を止めて大山ケーブル駅へ行く途中
関東三十六不動霊場・第一番の標石

真言宗大覚寺派
本尊 鉄造不動明王(国指定重要文化財)


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伊勢原市市営駐車場からケーブルカーの駅まで、かなり距離があり石段を登山
大山ケーブル駅から大山寺駅に到着

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駅から数分歩くと仏教色の「大山不動尊御縁日」の旗が出ています

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関東三十六不動霊場・第一番の標石
昭和六十二年(1987年)に開創された新しい霊場巡りですが、この標石はずいぶん迫力が出てますね

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急な石段の上に、不動堂こと本堂があります

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手水舎

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本堂

良弁が天平勝宝七年(755)に開山したという大山寺
二世は行基の高弟・光増、
三世は徳一の招きにより空海が入り、五世は円仁の高弟・安然が伽藍を再興したといわれます
廃仏毀釈までは本堂はもっと山の上の、今の阿夫利神社下社のある場所にあったそうです。
現在は真言宗大覚寺派ですが、昔は八宗兼学の道場だったそうです

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扁額

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本堂内

本堂入って右側に御朱印の受付がありました(¥300)

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御朱印


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2017年06月24日

大山阿夫利神社 下社(神奈川県伊勢原市)

2017年(平成29年)5月2日 参詣
神奈川県伊勢原市大山355 鎮座

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社号標

神奈川県伊勢原市にある標高1252mのピラミッド型の美しい山容を見せる大山へ参詣
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ケーブルカーに乗り向かいました

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切符

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阿夫利神社駅からすぐ階段

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手水舎

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鳥居

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石の狛犬

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鳥居付近の青銅色の狛犬

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拝殿前の社号標

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拝殿

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扁額

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本殿

大山は、別名雨降山といいます。相模湾から来る南風により雲がわき、雨に恵まれるところから雨降山と呼ばれるようになったそうです。
大山阿夫利神社は、”雨降り”が”阿夫利”に変わった名称のようで、江戸時代には、”水の神”として崇拝され、大山講が関東一円に広がり、今でも講の人たちが、団体で大山阿夫利神社を目指してくるそうです。
大山山頂(1252m)に本社、標高700mの中腹に下社があります。

社伝によりますと、創建は、今から2200余年以前の人皇第10代崇神天皇の御代だそうです。

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拝殿の地下には大山名水が汲める『神泉』があります。
ちょっとした洞窟のようになっており神聖な雰囲気

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水筒や空のペットボトルがあれば龍の口から汲んで持ち帰ることができます。

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富士山の岩を使っている獅子山

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本社へ向かう登山道入り口

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社務所にて御朱印を頂きました

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御朱印
右に関東総鎮護の文字が記されています


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2017年06月20日

鈴鹿明神社(神奈川県座間市)

鈴鹿明神社(すずかみょうじんしゃ)
2017年(平成29年)5月2日 参詣
神奈川県座間市入谷1丁目3500 鎮座

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鳥居

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鳥居の脇、阿の狛犬

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吽の狛犬

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手水舎

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参道途中に鐘楼

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拝殿

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扁額

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本殿

創建年代は不詳であるが、欽明天皇の御代(539年-571年)に創建と伝えられている。

由緒では鈴鹿明神社の創始は二通り考えられると書いてある。
一つは伊勢の鈴鹿郷の神社祭礼で神輿が暴風により流され漂流し相模湾に流れ着き、神輿を里人が祀り鈴鹿大明神とした説
二つ目は天平年間にこの地は土甘郷(とかみごう)と言い、天武天皇の孫であった鈴鹿王の屯倉(みやけ=領地)であったため、王の御名を冠して鈴鹿の字名が発祥した説
(しかし鈴鹿王は天平時代の人であり、欽明天皇御代の時代の人でないので破綻をきたす)


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社務所にて御朱印を頂きました

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御朱印

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2017年06月18日

座間神社(神奈川県座間市)

2017年(平成29年)5月2日 参詣
神奈川県座間市座間1丁目3437 鎮座

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社号標

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表参道入り口の一の鳥居

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二の鳥居

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社殿前の急階段に建つ三の鳥居

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手水舎

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拝殿

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扁額

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本殿

創建年代は諸説あるのだが、社伝によると、欽明天皇の御代(539年-571年)に創建と伝えられている。

欽明天皇の御代(539年-571年)、座間郷に悪疫が流行。
その時、白衣の老人(飯綱権現の化身)が現れ、山裾から湧き出る清水を使うと良いと告げたため、村人がそのお告げに従って、湧水を飲んだところ悪疫も治まり、感謝した村人達が飯綱大権現としてお祀りしたのが始まりとしている。

一方で、天保年間(1830年-1844年)に編纂された『新編相模国風土記稿』には、正和二年(1313年)に「飯綱権現社」を勧請されたと記されている。

座間市入谷にある座間郷総鎮守「鈴鹿明神社」の縁起では、当社は「鈴鹿明神社」の末社であったと記されていて、明治までは末社という扱いで崇敬を集めていた。
その「鈴鹿明神社」が欽明天皇の御代(539年-571年)に創建と伝えられているので、当社の社伝もそうした年代を採用しているのと思われます


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鐘楼
神仏習合の名残
座間宿村の「飯綱權現社」として記されているのが当社。上述したように正和二年(1313年)に勧請と記されている。
明治になり神仏分離
1869年(明治二年)、「飯綱権現社」は神仏習合の色合いが強いため、「飯綱神社」に改称
1871年(明治四年)、天神原(現・キャンプ座間付近)にあった当社を座間宿村の村有林(現在の鎮座地)に移設遷座
1876年(明治九年)、「座間神社」に改称し、座間宿村の鎭守として村社に列した


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境内社の「伊奴寝子神社」(いぬねこじんじゃ)
境内の裏手からキャンプ座間沿いに社殿の左手に鎮座
案内板では蚕神社の別名を当社としている
元々は畜産や養蚕が盛んだった事、蚕や家畜などを疫病から守護する蚕神社が今も右手側に一緒に鎮座

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「犬」「猫」像を手の平でさすると願いが叶えられるという

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雑誌にも取り上げられています
平成24年(2012年)8月に創建された全国でも珍しいペットたちのための神社

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授与所にて御朱印を頂きました

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御朱印


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2017年06月14日

亀ヶ池八幡宮(神奈川県相模市)

2017年(平成29年)5月2日 参詣
神奈川県相模原市中央区上溝1678 鎮座

亀ヶ池の由来は、神社の隣の池に多くの亀がいたことからついたという。境内の小さな池は、現在はなくなってしまった

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社号標

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大鳥居
平成4年の5月に60年に一度のお祭である亀ヶ池八幡宮還暦大祭が斎行され、記念事業として大鳥居が建立

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手水舎

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狛犬

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御神門

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拝殿

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扁額

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本殿


御創建は不詳ではありますが、およそ元弘元年(1331年)と思われます
古くより上溝の地に御鎮座し八幡大菩薩と称せられ北相模の農耕開拓の守護神として往古より朝野の御信仰篤いことが知られています。


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ゴールド神社
沢山、境内社がある中 インパクトあったので撮影^^

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無事故無違反の証であるゴールド免許証にあやかって、八幡大神様の御分霊をお祀りして創建された神社
この御社の前で交通安全・車のお祓いを行っているそうです

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社務所にて御朱印を頂きました

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御朱印

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2017年06月12日

相模原 氷川神社(神奈川県)

2017年(平成29年)5月2日 参詣
神奈川県相模原市中央区清新4−1−5 鎮座

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社号標

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鳥居

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境内は5月だけあり鯉のぼりが泳いでおりした
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手水舎

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狛犬

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拝殿

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扁額

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本殿覆殿

天保14年(1843年)村の鎮守の神として、小山村の豪農、原清兵衛が新田開発をするにあたって、八王子の尊社氷川神社から分霊を受けてここに創建したと表記されています。奉祀されているのは「素盞鳴尊」(すさのをのみこと)本殿は、相原にあった「外の御前社」(そとのごぜんしゃ)を、神意により移築したものと伝えられています。

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社務所にて御朱印を頂きました

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オリジナル御朱印帳

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御朱印


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2017年06月11日

下吉田 椋神社(埼玉県秩父市)

椋神社(むくじんじゃ)
2017年(平成29年)4月29日 参詣
埼玉県秩父市下吉田7377 鎮座

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社号標

延喜式内社(小社)であり、旧社格は県社。

秩父には「椋神社」の社号をもつ神社が5社存在し、「椋神社」の名は延喜式神名帳にも記載されているいわゆる式内社である。
論社という扱いになるのだろうが、明治政府はいずれの神社にも式内社と称することを許したという。

その中でも当社は、最も知名度の高い神社ではないだろうか。
特に当社の10月の例祭である「龍勢祭」は有名。

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社殿の脇、大鳥居

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一の鳥居

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二の鳥居

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二の鳥居脇を固める細身の狛犬

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手水舎

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拝殿

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扁額

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本殿

社伝によると、第12代景行天皇の時代、日本武尊による東征の際、甲斐国酒折宮から武蔵国諸郡を経て、当地を通りがかった時、霧が深くて進めなかった。

軍神である事勝長狭神(猿田彦大神)に神慮を請い、鉾を立てたところ、光を放って飛翔したという。それが井泉の椋の木の下に止まり、そこに老翁が現れた。

その老翁が、日本武尊を戦勝に導いたという。日本武尊が神恩に感謝して祠を建て、祀ったのが創祀。当社の例祭には、龍勢花火が奉納される。いわゆる龍勢祭り・龍勢まつりで、この創祀伝承がモデル。

また、平将門討伐の際、俵藤太が当社に詣で、祈願したことにより討伐に成功したため、俵藤太によって春日四神が合祭され、井椋五社明神、あるいは井椋五所明神と称されるようになったという。

神社としては和銅3年(710年)に社殿が造営されたのを始まりとしている。


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10月の例祭である「龍勢祭」で使うやぐら
龍勢は、下吉田・椋神社の神賑行事として行われるもので、農村部に伝わるロケット製作技術として注目されている。
龍勢の製造は、松材の丸太を2つ割りにして中をくり抜き、竹たがで締めて筒にする。これに火薬を詰め長い青竹に括りつける。火薬の調合や導火線の付け方等で、各流派を生み出している。龍勢は高さ20mぐらいの櫓に掛け、空中高く発射させている。
※公開日:10月第2日曜

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社務所 兼 授与所にて御朱印を頂きました

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龍勢の印が特徴的です


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2017年06月09日

秩父今宮神社(埼玉県秩父市)

秩父今宮神社(ちちぶいまみやじんじゃ)
八大龍王宮(はちだいりゅうおうぐう)
2017年(平成29年)4月29日 参詣
埼玉県秩父市中町16-10 鎮座

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注連縄柱・社号標

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龍神池

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龍上観音・龍神観音
「秩父霊場発祥の地」を名乗っており、神仏習合を色濃く残した神社

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由緒板

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手水舎

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境内には樹齢推定千年以上とされる「龍神木」があり、この樹洞の中に八大龍王が祀られている。

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社殿前鳥居

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本殿

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古来より霊泉の地として伊邪那岐大神・伊邪那美大神が祀られていたところで、そこへ大宝年間(701年 - 704年)に、役小角が神仏混淆の考えに基づいて八大龍王を祀る『八大宮』を建立したとされる。さらに天長2年(825年)に当所を訪れた弘法大師が大日如来を宮中八神と結びつけたことにより仏教寺院としての性格を強め、『大宮山満光寺』『長岳山正覚院金剛寺』と呼ばれていた時代もある。天文4年(1535年)、流行する疫病への対策として京都の今宮神社から須佐之男命を勧請して今宮神社を創建、永禄13年には全体を『長岳山今宮坊』と称するようになった。明治に入って神仏判然令に従って仏教寺院として今宮観音堂を切り離し、今宮神社となった。


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馬頭観音

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清龍の滝
環境省指定、平成の名水百選。今宮神社には古来より武甲山の伏流水が湧き出ており、四月四日の水分(みくまり)祭ではこの伏流水の御神徳が秩父神社に授与され、秩父神社では今宮神社の水幣(みずぬさ)を持って御田植祭が斎行されています。平成十五年この清流の滝が昔ながらの姿に復元され、環境浄化の象徴として、又お浄めの冷水として珍重されています

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今宮弁財天社

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秩父霊場開祖役行者をお祀りしたお堂

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御朱印は授与所でいただきました。御朱印は五種類あります。御朱印の初穂料は各300円を納めました

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今宮神社

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龍の御姿

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役尊神祠

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八大龍王宮

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修験道の開祖とされている役小角

posted by かめ忍者 at 12:41| 栃木 ☁| Comment(0) | 埼玉の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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