2017年08月31日

ご利益さんぽin 江の島(展望台コース)

2017年(平成29年)8月27日に江の島へご利益散歩してきました
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「江の島」は、神奈川県藤沢市にある島です。対岸とは橋で繋がっていて、車でも徒歩でも簡単に渡ることができました。

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さあ江の島上陸です

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江島神社の一の鳥居があり上陸です

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貝が美味しそう

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私のおススメは、生しらす丼かな

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土産物店などがあり楽しく歩けます

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丸焼きたこせんべいを販売している、「あさひ本店」江の島に来た記念に食べるのをオススメします!

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江島神社の社号標

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土産物店などが両側に並ぶ「弁財天仲見世通り」

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弁財天仲見世通りから灯台「シーキャンドル」がある頂上までは、歩いて上ると20分はかかる長い石段です。体力に自信のない人は全三区間あるエスカーで上がれば、汗をかかずに江の島のてっぺんまで行くことができます。江の島の自然を感じたい人にはオススメしません。暑すぎて上りたくない...という人もオススメ!
【全区間】 大人 360円 小人 180円
江の島エスカーは利用する区間によって料金が変わります。
【1区のみ】
江島神社辺津宮まで
大人 200円 小人 100円
【2区・3区】
江島神社辺津宮〜中津宮〜江の島頂上部
大人 180円 小人 90円
【3区】
江島神社中津宮〜江の島頂上部
大人 100円 小人 50円

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湘南を一望

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江の島サムエル・コッキング苑内の展望台
大人1名 500円
(江の島サムエル・コッキング苑入苑料200円 + 江の島シーキャンドル昇塔料300円)
小人1名 250円
(江の島サムエル・コッキング苑入苑料100円 + 江の島シーキャンドル昇塔料150円)

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江の島のマンホール^^

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「江の島」と「江ノ島」どっちの書き方が正しいのか?
普段なにげなく使っている「えのしま」という地名ですが少し調べてみると、地図や住居表示はひらがなの「の」を使っているのに対し、郵便局や交通機関はカタカナの「ノ」と混在していますし、古くは「江島」などと書かれていたようで、有名な「江島神社」はこの表記になっています。
これについては、それぞれ名前を付けた時代で公的文書の書き方も変わっていることから、それに倣っているようですが、「江ノ島」から「江の島」への変更は、昭和41年10月に藤沢市により新しい住居表示が施行され、また昭和44年1月には藤沢市観光協会により表記を「江の島」で統一する運動が行なわれています。
ただし、「江島」「江ノ島」を使っている史跡や交通機関などについては、歴史もあることから、変更せずに現在に至っています。
どちらが「正しい」「間違い」という訳ではないようですね。


posted by かめ忍者 at 10:47| 栃木 ☔| Comment(0) | 旅の指南 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月29日

春日部八幡神社(埼玉県春日部市)

春日部八幡(かすかべはちまん)神社
2017年(平成29年)6月17日参詣
埼玉県春日部市 粕壁5597 鎮座

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社号標

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表参道入口

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一の鳥居
銅製の重みがある鳥居

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二の鳥居
木造りの年季を感じさせる鳥居

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狛犬の上に建つ珍しい石灯篭

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手水舎

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社殿の前にいる狛犬

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拝殿

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扁額

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社殿向かって右側に掛けられている十二支の絵馬は見応えがありました

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本殿

創建は不詳ですが一説には、鎌倉時代元弘年間(1331〜1334年)新田義貞の武将、春日部治郎少輔時賢が、鎌倉の鶴岡八幡宮より御霊を勧請したものです

現在の境内がある敷地は、当時の春日部一族の館の敷地跡だそうです
「春日部八幡神社」も「春日部」という地名も 武蔵国の春日部氏から名付けられています。

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本殿裏のは奥の院

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奥の院

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この奥の院は旧本殿だそうです

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祈願受付所兼授与所にて御朱印を頂きました。初穂料は300円
左手の受付所とつながっている入口は、待合所兼トイレ

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御朱印



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2017年08月27日

鶴峯八幡宮(茨城県古河市)合社相殿・香取宮、摂社・丸山稲荷神社の3つの御朱印

鶴峯(つるがみね)八幡宮
2017年(平成29年)6月17日参詣
茨城県古河市中田1337-7 鎮座

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社号標

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一の鳥居正
八幡宮(左)と正一位香取宮(右)の額が掛けられている。

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二の鳥居

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手水舎

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狛犬(吽形)

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狛犬(阿形)

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拝殿

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扁額

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本殿


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鶴峯八幡神社の祭神は、誉田別命、経津主命の二神である。創立は養和元年(1181)八月であり、香取宮と天福二年(1234)九月合社相殿となる。

当社は治承四年(1180)九月源頼朝が奥羽征伐の折此の地に立寄り軍利守護を祈願したところ、武運が開け御神徳を感じその宿願により、相模国鶴岡八幡宮の分霊を上伊坂(現今の田中)に勧請した。

頼朝の侍従で鶴岡八幡宮の詞官高橋摂津守の次男鴨次郎吉元を、当社の初代神主と定め、後社名を鶴峯八幡神社となる。
その時四町の地を以って境内地となし、その上、神領五百石(上伊坂、下伊坂、松永、間鎌の地)を寄附せられ、周囲の村々氏子の人々の信仰を集めた。


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丸山稲荷社

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明治四十二年(1909)二月小中田香取宮を本殿香取宮に合霊し、稲荷社は、境内社丸山稲荷社へ合霊する。後明治四十四年九月利根川河川改修時、河川敷地に当たるため、現在の中田大道西の地に移転鎮座する。その時、紅葉稲荷社を境内地丸山稲荷社に合霊する。

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社務所にて御朱印を頂きました

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鶴峯八幡宮の御朱印

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合社相殿・香取宮の御朱印

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摂社・丸山稲荷神社の御朱印


posted by かめ忍者 at 21:34| 栃木 ☀| Comment(0) | ⛩茨城の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月24日

LINE スタンプ ユルイ像3

私が良く使っているLINEスタンプ
「ユルイ像」
を紹介しました。
そして
「ユルイ像2」
も紹介
今回シリーズ作品「ユルイ像 3」がリリースされたので、また紹介します^^

https://store.line.me/stickershop/product/1546266/ja

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お勧めです


posted by かめ忍者 at 18:59| 栃木 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月23日

桐生 雷電神社(群馬県桐生市)

雷電(らいでん)神社
2017年(平成29年)6月17日参詣
群馬県桐生市錦町一丁目3‐6 鎮座

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社号標

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一の鳥居

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二の鳥居

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手水舎

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狛犬(阿形)

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狛犬(吽形)

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拝殿

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扁額

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本殿

雷電神社の由来(案内板より)
雷電神社は雷除け、雨乞い、五穀豊穣の神として荒戸五ケ村が雷電山に祭る。永禄二年(1559年)である。
常見隠岐守が上原に移った時に屋敷神として勧請した。天和二年(1682年)である。
その後最勝寺(現在は錦町)が別当寺として祭祀を預かる。(最勝寺は常見隠岐守の開基と云い、神社に仕え、管理運営を行っていた。)
亨保、元文の頃、寺と村方とで神社について紛議が起こり、一時的に村方持ちになったが元文四年(1739年)上野東叡山から下書を賜って最勝寺が別当となり明治維新まで継続した。
明治時代より雷電神社はその所在地の鎮守様として、周辺の崇敬者を氏子として祭祀管理運営されて、春秋二回の祭礼が行われてきた。
太平洋戦争時は大3区区民が氏子となり、昭和五十九年に老朽化した本殿、大鳥居等改修し現在にいたる。
祭神 火雷神
平成二十一年



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御朱印を頂きたいな〜と思いながら社務所周りをウロウロしてると・・・女の人が出てきて、社務所を開けて下さいました^^
どうぞ上がって待ってて下さいと〜♪

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御朱印

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2017年08月19日

ご利益さんぽin 草木湖畔に佇む富弘美術館

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2017年(平成29年)6月17日、渡良瀬川をせき止める草木ダムによって形成された広さ約2平方キロ・メートルの草木湖畔と、52メートル四方の正方形をした平屋の「富弘美術館」へドライブ

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みどり市立富弘美術館
http://www.city.midori.gunma.jp/tomihiro/
群馬県みどり市東町草木86
0277-95-6333


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群馬県勢多郡東村(現:みどり市)出身の画家・詩人星野富弘

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特別展「いつかどこかで」
2017-5/30 - 8/27

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星野富弘さんの作品を展示した美術館です。星野富弘さんは元々教師でクラブ活動の指導中、頸髄を損傷し、手足の自由を失っています。口で文字や絵を描くようになり、その文字や絵がやさしい感じがして癒されます。

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そんな中にも、少し泥臭いような表現も含まれていて、その言葉にこそ星野氏の心の葛藤が見えた気がしました。
星野氏を扱ったドキュメンタリーのVTRも見れたのもよかったです。



草木ダムへ
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ダムカードをGET!!

posted by かめ忍者 at 22:42| 栃木 ☁| Comment(0) | 旅の指南 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月18日

大間々 貴船神社(群馬県みどり市)

貴船神社(きぶねじんじゃ)
2017年(平成29年)6月17日参詣
群馬県みどり市大間々町塩原785 鎮座

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一の鳥居

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手水舎前の鳥居

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手水舎

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二の鳥居

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参道階段と三の鳥居  

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参道階段を登りきると狛犬(吽形)がお出迎え

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狛犬(阿形)

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左に御神水を頂ける所、右に陶器製の狛犬が一対奉納されていました

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拝殿

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足尾街道の対岸を渡良瀬川に沿って登った古生層の断崖の上に鎮座している神社です。京都にある貴船神社の分社となります。

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扁額

御祭神は、水の神様高おかみ大神(タカオカミ神)、五穀豊穣の神様大山祇大神(オオヤマヅミ神)、国土を守護する大穴牟遅大神(オオナムチ神)です。
御神徳は、万物は水の恩恵を受けているため水の神様の信仰により幅広く、家内安全、商売繁盛、厄除、諸願成就、交通安全とされています。

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本殿

創立の詳細は明治三十六年(1903年)の火災により社記を消失して不詳ですが、平安時代初期の天暦十年(956年)、東国地域(関東地方)がひどい旱魃に襲われたとき、山城国(現 京都府)の貴船神社の御祭神が、古来より祈雨・止雨祈願の神として信仰されてきた高龗神(たかおかみのかみ)で、その分霊を奉り降雨と五穀豊穣を祈願したところ雨が降り、人々はこの雨で救われたといいます。
そして、人々の願いがかなった事から関東平野の最北端、渡良瀬川流域の山地に祭られたのが始まりといわれ、現在地に建立されたのは、江戸時代の寛文八年(1668年)と云われています。


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絵馬

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御朱印は、社殿の右側にある「祈祷受付」で頂けます。
御朱印代は300円でした。

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「貴船神社 オリジナル御朱印帳」¥1500(内、朱印¥300)

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御朱印

寄る予定ではなかったのですが、ドライブ中に偶然に看板を目にしてしまいました。
去年(2016年)の12月に1度参拝したのですが冬季は書置きしか対応していなく、今回は書入れの御朱印を頂けました^^

posted by かめ忍者 at 21:40| 栃木 ☁| Comment(0) | ⛩群馬の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月17日

カルビー フルグラ 相葉雅紀QUOカード当選

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カルビーフルグラ相葉雅紀オリジナルQUOカード ¥500分

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ご利益散歩のおかげですかね^^

posted by かめ忍者 at 23:57| 栃木 ☁| Comment(0) | 懸賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月16日

庚申山 猿田彦神社(栃木県日光市足尾)

猿田彦(さるたひこ)神社
2017年(平成29年)6月17日参詣
栃木県日光市足尾町5497 鎮座

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説明板
「当社は、明治23年(1890)に小滝坑の山神社として坑夫により建立されたが、昭和町29年小滝坑廃止のさい、奉祀する三神を本山山神社に合祀した後、猿田彦神社の遥拝殿となった。
本社は勝道上人が難行苦行の末、庚申山奥の院に神霊を祀ったときに起り、今は三尊像を祀る庚申山荘内小祠が本殿である。」

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「足尾温泉 かめむら旅館」が目印になります。

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庚申山の中腹に鎮座しています。
国道122号線から庚申山方面に向かって行くのですが、道が狭く本当にあるのか不安になります。
最寄り駅は、わたらせ渓谷鉄道「原向駅」になりまが、徒歩は無理かと思います。

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立て看板通りに神社に行くには、庚申川を渡ります。

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山の中の温泉宿、かめむら旅館別館の裏手より進みます
足尾の松原にある別館で民家のような佇まい。客室は6部屋だそうです

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神社らしき雰囲気がないので案内の矢印があると安心します

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のぼり旗が見えてホッ

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手水舎

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鳥居

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更に参道を進みます

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狛犬

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拝殿

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拝殿内

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本殿かと思いましたが拝殿の凸部かと

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目を斜め上方に向けると本殿らしき社殿が

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本殿

日光山を開山した勝道上人が庚申山上の巌窟に小祠を作り、「庚申ノ大神」として天津祖庚申猿田彦大神、地津主甲子大己貴大神、人津霊己巳小彦名大神、の三神を奉祀したのが始まりだそうです。
神道では庚申の神を猿田彦神としています。(庚申の「申」が、「猿」と結びつけられたものです)


残念ながら昭和21年、神社の旧本殿である百畳敷のお籠は野火により焼失してしまいましたが
現在は里宮遙拝殿だった銀山平に庚申山猿田彦神社として神事、社務事を執り行っているそうです

ここはまた、滝沢馬琴の小説「南総里見八犬伝」中庚申山怪猫退治の章で奇岩怪石、霊域の神秘を広く紹介される。


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銀山平公園に隣接しています
キャンプ場、バンガローもありますので宿泊も可

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足尾銅山の銀山平の案内板
明治24年(1891年)に、この地で銀が採掘されたのが名前の由来。
また、東洋一の大製材所を開設。足尾銅山の用材基地として最盛期には200人程が従事し、140戸の社宅を有したとある。

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社務所にて御朱印を頂きました

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御朱印(初穂料は¥500)



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2017年08月15日

栃木県の磐裂根裂神 覚書

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虚空蔵菩薩

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妙見菩薩

磐裂神、根裂神
もともとは虚空蔵菩薩や妙見菩薩を本地仏としていたところがほとんどです。明治時代の神仏分離令により祭神を磐裂神、根裂神に改めたのだそうです。そして神社の名前も「磐裂神社」や「磐裂根裂神社」そして「星宮神社」に改められたそうです。
妙見菩薩は北極星を神格化、虚空蔵菩薩の化身が明けの明星と、星に関わる信仰です。

栃木県は日光山を開山した勝道上人が虚空蔵菩薩を本地仏とし、日光開山の際には磐裂神の助けがあったといわれているので、ほかの地域と比べると「磐裂神社」「星宮神社」の数が非常に多いのだそうです

磐裂根裂神社は日光の磐裂神社(明星天子)からの流れが多いのだと思います。
日光を開山した勝道上人が最初に祀った神社で、星宮でもあります。
(磐裂根裂神社=星宮とすると、分布はとても広くなりますし、星宮も権現と明神で意味合いが変わってくるので何ともいえないですが)
勝道上人は磐裂神・根裂神の夫婦神を崇拝していたので、それにあやかったのもあるかと思います。

つまり北極星信仰であり、日光東照宮の社殿が真南を向いている(北極星が社殿の真後ろから出る)というのもありますが、江戸時代以前から陰陽道が入っているのかと思われます。
磐裂根裂神社の名称は明治時代に改称されている神社が多く、それ以前は妙見・星宮などが多いようです。


下野国の場合、豪族が氏神を祀って神社が増えたケースはとても少ないです。
それほど神主大名である宇都宮氏の影響力があったのかもしれません。


磐裂根裂神社は日光から来ていますので、田心姫の川である思川周辺に多いです。
磐裂根裂神社の他に磐裂神社・根裂神社という名称の神社もあります。
旧今市市の岩崎神社もイワサクが岩崎になったとされています。

【栃木県内の磐裂・根裂 】
根裂神社 鹿沼市上石川町544
岩崎神社 日光市(旧今市市)岩崎526
磐裂神社 鹿沼市茂呂488
磐裂神社 鹿沼市下石川345
磐裂神社 鹿沼市日光奈良部町200
磐裂神社 鹿沼市下奈良部町291
磐裂神社 日光市安川町1358
磐裂神社 日光市所野814
磐裂神社 日光市上鉢石町1114-1
磐裂神社 日光市細尾町318-1
磐裂神社 日光市和泉914
磐裂神社 日光市(旧今市市)吉沢349
磐裂神社 日光市(旧今市市)室瀬258
磐裂神社 日光市(旧足尾町)遠下3-1
磐裂神社 下都賀郡壬生町下稲葉929
磐裂神社 下都賀郡壬生町上田1350
磐裂神社 下都賀郡壬生町中泉861
磐裂神社 栃木市藤岡町藤岡999
磐根神社 栃木市都賀町原宿1234
磐根神社 栃木市都賀町合戦場534
磐裂根裂神社 栃木市都賀町家中2456
磐裂根裂神社 鹿沼市亀和田町605
磐裂根裂神社 鹿沼市北赤塚町1053
磐裂根裂神社 下都賀郡壬生町福和田519
磐裂根裂神社 下都賀郡壬生町福和田1379
磐裂根裂神社 下都賀郡壬生町安塚1772
磐裂根裂神社 下都賀郡壬生町上長田405

posted by かめ忍者 at 00:08| 栃木 ☁| Comment(0) | 由来・伝説・いわれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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