2017年09月07日

満福寺(栃木県栃木市)

教王山 遍照光院 満福密寺(通称・満福寺)
2017年(平成29年)7月15日参詣
栃木県栃木市旭町22-27 鎮座

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寺号標

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入口から正面に位置する「大師堂」、真言宗の開祖・弘法大師空海上人が祀られています

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堂内の大提灯には「厄除け 開運大師」の太文字

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満福寺の寺宝になる鬼気迫る形相をした「三鬼尊」(重要文化財)


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観音堂
祀られている観音様は、元片柳村二杉明神の直ぐ東に有ったものを、明治五年に満福寺に移したものと言われ、古来より子安観音と称されています。昭和四年に仏堂を新設して入仏開帳をしています。この観音堂に掲げられた扁額の「無畏城」の文字は書家の中村不折の揮毫されたものです。


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満福寺は平成二十三年、開創七百五十年に合わせて、新本堂(大毘廬遮那殿)が建立

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扁額「大毘廬遮那殿」御朱印の文字にも


鎌倉時代の弘長2年(1262年)、薗部村の太平山麓に創建されたと言われ、天正年間、現在地に移された真言宗のお寺です。
開祖は京都醍醐寺の僧・朝海法印、天下泰平・万民平穏の祈願寺として、大平山山麓に修行堂を建立し、その後現在の地に移転
江戸時代になり、徳川家康が鷹狩りに訪れた際、休息・歓談した縁で朱印寺の称号を与えられました。
江戸時代の最盛期には十間四面(百坪)の大本堂をはじめ壮麗な諸堂伽藍を擁し、末寺十三ヶ寺を有する中本寺として威容を誇りました。
幕末の栃木大火(本陣火事)で全山消失し、復興再建中ですが往時の面影にはまだ至らないとのこと・・・


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境内の墓地には、没後になって作品が高い評価を受けた、栃木市出身の孤高の日本画家・田中一村の供養碑と墓があります

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御朱印(書置き)

posted by かめ忍者 at 20:35| 栃木 ☔| Comment(0) | 栃木の神社・寺院(南西) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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