2017年11月30日

割烹 金田屋の「黒豆の生カステラ」

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ここは千葉県「割烹 金田屋」ランチを食べに入店しました

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私は、「いわし膳」

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パートナーは「海鮮サラダ丼」を食べました

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会計時、こんなものを目にしてしまいました
ここは「割烹 金田屋」さん?
和菓子屋さんではないんですよね?
「美味しそう!買って帰ろう!^^」

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黒くて高そうな長方形の箱

千葉県印旛郡栄町安食の割烹料理屋が作る「黒豆の生カステラ」
同店はJALのファーストクラス機内食(千葉編)を監修
「黒豆のカステラ」は機内のデザートに採用されたそうです。
また、
千葉の逸品金賞受賞(2014)
農水省「フード・アクション・ニッポン アワード 2016」入賞。

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栄町が誇る名産品「どら豆」を使用しているものだそう

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生カステラの生地は新鮮な卵と牛乳をふんだんに使い、手作業でじっくり混ぜ、このしっとりとした食感を生み出しています


割烹 金田屋
1890年(明治23年)金田屋は料理旅館として創業。利根川添いに位置し、古くは船で江戸から来る成田詣の観光客を迎え、江戸と成田を結んできたそうです。現在、お祝いの席やご会食と地元で愛される店として日々、奮闘中。
地元の食材を大切に、これまでに培った経験や信頼という財産を糧に代々受け継がれた味を守りながらも、時代のニーズに対応した新しい食の形を提案している店です。

千葉県印旛郡栄町安食3692-1
TEL:0476-95-1105

posted by かめ忍者 at 21:41| 栃木 ☔| Comment(0) | 甘味処・スイーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月28日

宗吾霊堂(千葉県成田市)

鳴鐘山 東勝寺
2017年(平成29年)9月30日参詣
千葉県成田市宗吾1−558 鎮座

「東勝寺」は真言宗豊山派の寺院で、正式名称は鳴鐘山東勝寺、ご本尊は「大日如来」です。
この東勝寺は「宗吾霊堂」と呼ばれることが多いようです。
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鳥居になるのでしょうか?

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手水舎


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佐倉宗吾は慶長十年(1605年)生まれと伝えられています。
公津村の名主であった木内惣五郎は、厳しい年貢に苦しむ農民を救うべく佐倉藩主に直訴しましたが聞き入れられず、止むなく時の四代将軍家綱が上野寛永寺に参詣した折に直訴しました。
その訴えは聞き入れられましたが、直訴という大罪を犯した惣五郎は死罪となり、承応二年(1653年)公津ヶ原の刑場で子供とともに処刑されました。
ただ、事の経緯についてはあまり資料が残っていないため、詳しいことは分かりません。
宝暦二年(1752年)の百回忌に藩主・堀田正亮より「宗吾道閑居士」の法号を与えられ、以後「佐倉宗吾」と呼ばれるようになりました。
江戸時代中期になってこの話が芝居になって上演されると、「義民・佐倉宗吾」の名は一気に有名になりました。

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立派な宗吾親子のお墓
宗吾とともに処刑された4人の子供が合葬されています。
宗吾は1653年将軍への直訴の罪により公津ヶ原刑場で磔刑、4人の子供も打首の惨刑に処せられました。

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大山門

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「宗吾霊堂」は義民・佐倉宗吾(木内惣五郎)を祀るお堂で、
宗吾の霊像をご本尊としています。
明治8年に再建されたお堂が焼失した後、現在のお堂は大正2年に再建されました。

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扁額

平安時代に坂上田村麻呂が東国を平定した際、戦死者の供養のためのお堂を建てたのが始まりと言われ、“東国に勝利した”という意味で「東勝寺」となりました。

『中興第1世澄祐が1662(寛文2)年から境内の整備を行い、1668年までに本堂などの諸堂伽藍を建立した。
1767(明治14)年に大和国の長谷寺と京都の智積院から、常法談所の寺格を与えられている。
談所(檀林)とは法談を催すことができる有力寺院のことであるそうです。

大正10年に「宗吾供養堂」を再建することになった時、この地に東勝寺も移転してきました。



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鐘楼
「全国百鐘」の一つに数えられています。

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寺務所にて御朱印を頂ました

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御朱印

posted by かめ忍者 at 20:20| 栃木 ☁| Comment(0) | 卍千葉の寺院 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月26日

ご利益さんぽin 「足利の文化財一斉公開2017」(栃木県)

「足利の文化財一斉公開2017」の期間は
2017年11月25日(土)・26日(日)で初日に行って参りました
普段は見られない足利市内の66ヵ所の文化財が一般公開で1日では到底全部観れません^^;
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足利尊氏の銅像

公開場所の一部を写真にて
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鑁阿寺

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鑁阿寺の大銀杏が素晴らしく黄色に色づいてました

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足利学校
文化財一斉公開中は無料公開

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西宮長林寺

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樺崎八幡宮

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樺崎八幡宮本殿
本殿下の「足利義兼」入定の場所を合掌しながら見る事が出来ました。

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日光鹿島神社の天井板絵

各所に小中学生、引率者、人生の先輩方々がおられ良く説明してくださいました
この場を借りて再度お礼を申し上げます

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お昼は「麦とろ 丸銀本店」にて
足利学校の入口にあって大麦味噌が有名で、店頭で味噌汁の試飲ができます。

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名人そばを頂きました


posted by かめ忍者 at 00:02| 栃木 ☁| Comment(0) | 旅の指南 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月25日

坂東三十三観音28番札所 滑河山 龍正寺(千葉県成田市)

滑河山 龍正院(りゅうしょういん)
2017年(平成29年)9月29日参詣
千葉県成田市滑川1196 鎮座

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寺号標

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仁王門

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手水舎

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本堂

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扁額

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扁額「観世音」

寺伝によれば、承和5年(838年)、当地の領主小田宰相将治の発願により、慈覚大師(円仁。第3代天台座主)を開基として創建されたとする。
天台宗の寺院で、本尊は一寸二分(約3.6cm)の十一面観世音菩薩。この本尊は、後に定朝作の一丈二尺(約3.6m)の観音像の胎内に納められて通称「滑河観音」と呼ばれています。
ところが、当寺の本堂裏から、白鳳時代の様式の、所謂「山田寺式」と呼ばれる瓦が出土した。ここは瓦を焼く窯跡とされた(「龍正院瓦窯跡」)が、瓦窯を自ら持つ「龍正院廃寺」という古代寺院跡とする資料もある。とすれば、出土した瓦の様式から、7世紀第4/四半期頃に遡る古代寺院の後身かもしれないという。
なお、永正13年(1516年)鋳造の鰐口に「下総州行河山勝福寺」とあるので、「勝福寺」と称していた時期もあるらしい。

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境内から寺務所への門

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納経所にて御朱印を頂ました
しもふさ七福神の毘沙門天の御朱印もありますが、ご縁がれば次回

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御朱印

posted by かめ忍者 at 08:28| 栃木 ☀| Comment(0) | 卍千葉の寺院 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月23日

坂東三十三観音26番札所 南明山 清瀧寺(茨城県土浦市)

南明山 慈眼院 清瀧寺(きよたきじ)
2017年(平成29年)9月29日参詣
茨城県土浦市小野1151 鎮座

聖観世音菩薩を本尊とする坂東三十三箇所観音霊場の第26番札所
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社号標の奥に山門(仁王門)

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山門の扁額隣にスズメバチの巣が・・・もう蜂はいません

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山門の一層目に仁王像が安置

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手水舎

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本堂

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扁額

このお寺「坂東霊場記」によれば、行基という僧侶が聖観音像を刻んでこの寺を開いたとあります。

一説には、第二十五番札所の大御堂にも出てくる筑波山の二柱の神様が、ここ小野山に来て天の鉾(ほこ)で地をつつくと、清水が南北二箇所から湧き出し、その後に行基は南の清明な湧き水に寺を建てた、とあります。

寺伝によれば、推古天皇十五年(607年)に聖徳太子作の聖観音像を竜が峰の山頂に安置し、その後で参拝のしやすい山麓に移転したのが始まりとされています。
大同年間(806〜810年)に現在地に移転したと言われています。

しかし、その後の戦乱や廃仏毀釈、さらに不審火が追い討ちをかけて一時期は荒れ放題になったものの、地元の有志や信者による地道な努力により、徐々に再建されてきたのであります。

聖徳太子作とされた聖観音像も昭和四十四年の不審火で山門だけを残し、本堂もろとも焼失。
現在は昭和五十四年に新しく開眼された観音様が御本尊様として祀られています。第23番札所の勝福寺(旧観世音寺)のご住職の寄進によるものだそうです。


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鐘楼

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とても美しい事で有名なヤマトタマムシがいました
英名にはJewelBeetleと名付けられており、タマムシは世界中で宝石のイメージを抱かれている様です。

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納経所にて御朱印を頂きました

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御朱印

posted by かめ忍者 at 22:51| 栃木 🌁| Comment(0) | 卍茨城の寺院 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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