2016年03月11日

巡礼

本尊様をお参りする「本尊巡礼」
観音巡礼のように、円環型で何回まわってもよいそうです。

座禅や写経などは座る形の信仰ですが、巡礼は歩く信仰です。自分の居場所を離れて旅をする、最初は信仰もなくまわってる人達の中に、何かが残るのでしょう。何かを求めたいと願う気持ちと旅好きな日本人の国民性がピタリと合って、巡る人が増えてるのだと思います。

本尊巡礼には、様々なものがあります。
・お不動様は、仕えている童子が36人いるので三十六ヵ所巡礼
・お地蔵様は、24のご利益があると言われているので二十四ヶ所巡礼
・お薬師様は、12の誓願をお持ちになるので十二ヵ所巡礼
・観音様は、観音経と言うお経の中で33通りに身を分けて私達を導いてくださるので三十三ヶ所巡礼

室町時代には一般庶民にも観音巡礼が浸透してきました。
秩父に札所が出来、三十三が三つで九十九ヵ所。1ヵ所増やせば百ヶ所になる
・平安時代、第65代花山天皇が再興した西国33ヵ所巡礼。
・鎌倉時代に興った坂東33ヵ所観音霊場。
・江戸時代に盛んになった秩父34観音。
この百ヶ所巡礼が、いわば観音巡礼の完成形となった訳らしいです。

四国遍路は、なぜ八十八ヵ所か
人間には88の煩悩があり、それを一つひとつ消滅させていくために88ヶ所の霊場をまわる説
人間の厄年の年齢(男性42才、女性33才、子供13才の年の合計)を合わせた数が88になることから厄除けで88ヵ所の霊場をまわる説
日本人の主食であった「米」の字を分解したもの
末広がり無限の宇宙をあらわすもの
などなど、諸説ありますが定説はありません。
いずれにせよ、弘法大師が42歳の厄年に四国を巡錫し、従来から存在していた寺や新たに開いた寺88ヶ所を選び、自身と人々の厄難を除くために霊場として開いたと信じられています。
弘法大師が62歳で入定後、大師への信仰は高まるが、平安末期に行われていた88ヶ所の巡礼は、修行僧を中心としたものでした。
それが庶民の間に広まったのは元禄時代前後だといわれています。
posted by かめ忍者 at 19:56| 栃木 ☔| Comment(0) | 由来・伝説・いわれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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