茨城県結城市大字上山川161ー1鎮座
社号標、奥は社務所
拝殿
鳥居、奥に本殿と拝殿
創建は天慶三年(940年)この地方において平将門が反乱を起こした事に始まります。
その勢いは強く次々と支配地を増やす中、時の朱雀天皇は下野の武将、藤原秀郷(ふじわらのひでさと)に将門を打つべしとの命を下しました。そこで秀郷は戦勝祈願のため、戦の陣地であった今の境内地に、信仰する信濃国諏訪大社より諏訪大明神の御霊を招き、戦勝祈願の祈祷を行いました。これが諏訪神社の始まりです。
その際に行われた弓引き神事(将門の城の方に向けて矢を射る)は、現在も当時と同じ1月27日に行われております。
そして、見事将門に勝利した秀郷は、諏訪大明神の御神徳に感謝し、社殿を建築して御神体として神事に使った矢を奉納しました。それ以来、源頼朝の奥州攻めに参戦した結城朝光が戦勝を祈願して勝利を収めるなど、戦いの神、勝利の神として多くの武将の信仰を受けてきました。




