2016年04月27日

鎌倉宮(神奈川県)

2105年9月5日奉拝
神奈川県鎌倉市二階堂154 鎮座

明治天皇は、護良親王の、平和国家の実現に努力した遺志を伝えていくことを望み、
明治2年に鎌倉宮の設立の勅命を発したとのこと。
長い歴史において、この鎌倉宮が唯一「天皇自らが創建」した神社。
「鎌倉宮」という名前も明治天皇によって名づけられたという。

祭神の護良親王は、「建武の新政」を行なった後醍醐天皇の皇子。
親王は、楠木正成らとともに鎌倉幕府打倒を目指して戦い、幕府滅亡後には征夷大将軍に任ぜられたが、1334年(建武元年)11月15日、武家政権を狙う足利尊氏と対立し、この地にあった東光寺に幽閉されてしまう。
翌1335年(建武2年)、十四代執権北条高時の子北条時行が反乱(中先代の乱)を起こした際、足利尊氏の弟の直義によって殺害された。

境内には、親王が幽閉されていたとされる土牢が残されている。
殺害された親王の首は、廃寺となった理智光寺の住職によって葬られたのだと伝えられ、理智光寺跡には親王の墓がある。

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posted by かめ忍者 at 22:21| 栃木 ☁| Comment(0) | 神奈川の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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