2017年02月05日

二つのお岩稲荷

四谷怪談の名前の発祥地、四谷へ
この日本三大怪談の一つ、「四谷怪談」は鶴屋南北の全くの創作ではなく、事実からヒントを得てのお話だそうです。

地下鉄丸ノ内線「四谷三丁目」駅から外苑東通りを南へ行き、道幅4メートルあるかないかの裏通り住宅地に入ると、やがて道をはさんで斜め向かいに「於岩稲荷」と染め抜いた赤旗を立てた二軒の神社と寺院が斜め向かいに並んでいます。

一つは 「於岩稲荷田宮神社」
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もう一つは山門に 「於岩稲荷」 とある 「陽運寺」
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最初に於岩稲荷田宮神社へ
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東京都教育委員会の案内板 「都旧跡 田宮稲荷神社跡」
これによると、「東海道四谷怪談の主人公田宮伊左衛門(南北の芝居では民谷伊右衛門)の妻お岩を祭ったお岩稲荷神社の旧地である。 (略) 明治五年ごろお岩神社を田宮稲荷神社と改称し、火災で一時移転したが、昭和二十七年再びここに移転したものである。」

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拝殿前の周りに、於岩稲荷田宮神社の由来についての雑誌、新聞、その他印刷物の切り抜きが展示されていました。



次ぎに陽運寺に向かう
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お寺の山門には、お岩稲荷の提灯

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門をくぐるとすぐに「お岩さんと縁結び」の立て看板
これによると、「東海道四谷怪談」でお馴染みのお岩さん。
この怖いお岩さんが出てくる四谷怪談はじつは後世の人が創作した物語なのを知っていますか?
舞台であるここ、四谷は東海道ではないことからも後に作られた物語だというのがわかります。
江戸時代に実在した女性「お岩」は家庭をとても大事にした貞淑な妻だったとも伝えられています。
このお岩さんを祀る陽運寺は「えんむすび」の寺として全国に知られています。
(略)

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中に入ると、「お岩様由縁の井戸」 がありました。
お岩さんの井戸?井戸は「番町皿屋敷」お菊じゃないの・・・
田宮家の敷地内に本物の古井戸があるのだ。於岩稲荷田宮神社で貰った印刷物に写真が載っていた。

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井戸のそばの
「於岩稲荷水かけ福寿菩薩像に南無妙法蓮華経のお題目を唱えながら水を掛けると、あなたの厄が除かれる」 などと書いた立て札がある。 また、社殿の賽銭箱の横には、開運お岩様絵馬、叶玉が置いてあり、感じのいい露天休憩所もありました。
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旧 由来の事
江戸時代、文政八年七月 歌舞伎戯作者四世鶴屋南北作、「東海道四谷怪談」が世に喧伝され、
於岩様 庶民の畏敬を受け 当山その由縁の所として現在に至ったが 戦災に遇い 協議の上 本堂を栃木下野(しもつけ)から薬師堂を移築再建した 棟札には宝暦七丁丑とある。 於岩様の戒名は得證院妙念日正大姉 墓は元鮫ヶ橋にあったが 現在は移転し 巣鴨新庚申塚にある。 当堂内には於岩様御尊像が祀られ 参拝者祈願の対象となり 境内には由縁の井戸、再建記念碑等がある。

 平成五癸酉年十月吉辰
 於岩稲荷 長照山 陽運寺
 総代、世話人一同

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新 由緒の事

お岩様縁(ゆかり)の祠って書いてある。




お岩さんが亡くなったのは寛永13年(1636年)

文政8年(1825年)に四世鶴屋南北の歌舞伎 「東海道四谷怪談」 の初演が大好評をおさめ、以来、出演者たちのお岩稲荷参りが始まった。

明治5年、お岩稲荷神社を、お岩さんの嫁ぎ先の田宮家の名をとり田宮稲荷神社と改称。

ところが、明治12年に火災で焼失し、現在の中央区新川の田宮神社へ移転。
その間に陽運寺が四谷稲荷と称した。

昭和20年3月の東京大空襲で陽運寺も新川の田宮神社も焼失。
その折、市川左團次に 「四谷は遠くてお参りに行くのが大変だから、焼けちゃったついでに芝居町の近くに引っ越してきてくんねえ」と頼まれ
それを機に、中央区新川にある田宮家の土地に移転した。(左團次の土地という説もある)
しかし神社は移転しても、四谷の地はお岩さん伝説ゆかりの田宮家代々の土地
昭和6年(1931年)に東京都史跡に指定
新川の神社は残し昭和27年(1952年)に元の四谷左門町にも於岩稲荷神社を再建

こうしたいきさつから、もともとは、四谷の田宮家敷地内にお岩さんの手で祀ったお稲荷さんが、現在は、都教委の案内板のように、「お岩稲荷の旧地」 に変わってしまったのか・・・


新川の田宮神社や西巣鴨の妙行寺(法華宗陣門流)にあるお岩さんの墓の話は・・・いかに?
陽運寺は日蓮宗・・・田宮家は日蓮宗ではない?


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東海道四谷怪談【あらすじ】

物語の舞台は江戸の四谷。田宮家の娘である「お岩」は、浪人「伊右衛門」と結婚させられました。愛があっての結婚ではありませんでしたが、次第にお岩は伊右衛門に惹かれていきます。

しかし、近くに住んでいたお金持ちで伊藤喜兵衛という男の孫娘(お梅)が、男前であった伊右衛門に惚れ込んでしまったのです。「どうにかして孫娘の婿に」…と考えた喜兵衛は、お金に物を言わせ伊右衛門に言い寄ります。

初めは断っていた伊右衛門でしたが、段々とお金に目がくらんでいき、気持ちが変わっていきました。そこで喜兵衛は、お岩に少しずつ毒を盛るよう伊右衛門に指示。伊右衛門はそれを実行すると、知らずに毒を飲み続けたお岩の髪はバラバラと抜けおち、顔は醜くただれていきます。

その姿を鏡で見たお岩は絶叫し、錯乱状態に陥り、その果てにショックで死んでしまうのです。そうして幽霊となったお岩は、毎夜毎夜、伊右衛門の枕元で「うらめしや…うらめしや……」と立ち続ける…

このような話が一般的ではないでしょうか。

posted by かめ忍者 at 16:29| 栃木 ☁| Comment(0) | 由来・伝説・いわれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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