2017年03月08日

花園神社(東京都新宿区)

2017年(平成29年)2月4日 参詣
東京都新宿区新宿 5-17-3 鎮座

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看板

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大鳥居前の社号標
昭和40年(1965年)以前の名称「花園稲荷神社」が残る

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大鳥居

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大鳥居前を守る狛犬

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手水舎

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境内の梅が満開でした

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拝殿

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本殿

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創建時期は不明だが、徳川家康が江戸に入った1590年にはすで存在しており、大和吉野山よりの勧請と伝えらる。その後、当地に内藤新宿が開かれるとその鎮守として祭られるようになる。
元々は現在地よりも約250メートル南にあったが、寛政年間その地を朝倉筑後守が拝領しその下屋敷の敷地内となって参拝ができなくなり、氏子がその旨を幕府に訴えて、尾張藩下屋敷の庭の一部である現在地を拝領し、現在の地に遷座した。

そこは多くの花が咲き乱れていた花園の跡であることから「花園稲荷神社」と呼ばれるようになったと伝えられ、真義真言宗豊山派愛染院の別院・三光院の住職が別当を勤めたことから「三光院稲荷」とも、地名から「四谷追分稲荷」とも呼ばれていた。
明治に入ると村社に列格したが、その際、まだ「稲荷神社」と呼ばれていた。一説には届出の際に「花園」を書き忘れたといわれるが、大正15年に改名願を出し「花園稲荷神社」に改称した。
昭和3年、現新宿4丁目にあった雷電稲荷神社(雷電神社)を合祀、郷社に昇格。
昭和40年(1965年)、現在のコンクリート製の本殿に建て替えられ、その際に末社・大鳥神社(祭神・日本武尊)を本殿に合祀し、社名を現在の「花園神社」に改めた。

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新宿ゴールデン街側の鳥居

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その鳥居をくぐると鉄格子におおわれた銅の唐獅子像。
江戸末期の鋳工として名高い「村田整a」の作品で、文政4年(1821年)に造立されたものです。
新宿区の有形文化財に指定されています。

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社務所

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御朱印

posted by かめ忍者 at 21:25| 栃木 ☁| Comment(0) | 茨城の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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