神奈川県平塚市四之宮4丁目14−26 鎮座
狛犬
平成30年が御鎮座1650年になるとのことで、境内各所に重機が入り改修工事が行われていました。
鳥居も新造されるそうです。
鎮守の杜に囲まれた参道の先に社殿
手水舎
拝殿
右手前には大きな松の木があり、幸せの松と呼ばれています。稀に四本の葉をつけ、この葉を身に着けると幸せになれると伝えられています。参拝の際は是非探してみて下さい。
御神木の松かさにも ご利益
神社名の「さきとり」は平安以前の古い地名で、相模川河原に接する自然堤防の南端で、地形名から起こったと言われています。奈良時代の天平7年(735年)の『相模國封戸租交易帳」には「大住郡埼取郷」として記載されています。
この「さきとり」の地に奈良時代以前、畿内から御祭神を「氏の上」とする氏人が移り住み、遺徳を偲び、清浄な地にお祀りしたのが「さきとり」神社と考えられます。
延喜年間(901〜923年)に編纂された『延喜式』という法制書の中で全国の著名な神社が収録されている神名帳に「前鳥神社」と記され、相模国の十三座のひとつとして登載されています。また、四之宮の称は、養老年間(717〜724年)の相模国の国府祭が始まったとされる頃に生じ、平安時代には四之宮郷として通称されるようになりました。
本殿
•御祭神
菟道稚郎子命(うぢのわきいらつこのみこと)
大山咋命(おおやまくいのみこと)
日本武尊(やまとたけるのみこと)
全国にも珍しい、ご祭神は菟道稚郎子命
菟道稚郎子命は第15代応神天皇の皇太子でした。
論語などの中国の漢書を日本で始めて学ばれたほか、技術を持つ渡来人を受け入れ、産業・経済の発展に尽力。多くの人々に仕事を授けました。そのことから学問はもちろんのこと、就職の神様としても崇められています。
ちなみに菟道稚郎子命は、天皇の位を兄皇子(仁徳天皇)に譲るために自らお亡くなりになられ、天皇にはなりませんでした。
菟道稚郎子命を祀っているのは全国でも珍しく、さらになぜ宮があったとされる京都の宇治から離れた関東の地で祀られているのかは不明。
鐘楼が有ります。
時代が近世初期になってからは、寺社領の確定により、古義真言宗雪霜山鏡智院神光寺が別当寺として祭事のすべてを掌っておりました。そして、明治維新の大改革の際に鏡智院家が復飾、名を神代にあらため、現在に至るまで神仕(かみつかえ)の職に就いています。
昔は神社を御寺が守っていたので、和尚さん達も出入り
そして神社には別当寺と呼ばれる管理担当寺院が設置されていました。宮司さんと和尚さんが協力して日本の文化を守っていた訳です。
社務所
御朱印




