2017年(平成29年)3月26日 参詣
神奈川県伊勢原市三ノ宮1472 鎮座
『延喜式神名帳』では相模国の延喜式内社十三社の内の一社に名を連ねるお社
鳥居
手水舎
右側阿形の狛犬
左側吽形の狛犬
梵鐘
拝殿
本殿
「社伝記」によりますと、天保5年(1834年)に御鎮座、初代神武天皇6年(紀元前655年)の頃、人々が古くから祭祀の行われていた当地を最上の地と選び神を祀る社を建立し、相模国の霊峰大山を神体山として豊斟渟尊を日本国霊として祀ったことにはじまるといわれています。
第10代崇神天皇7年には、神地「神戸」を賜り、第36代孝徳天皇・大化元年(645)、現在相殿に祀られている大酒解神・小酒解神二柱が合祀の折に、「鶉甕」(うずらみか)と称される須恵器(すえき)が奉納されたといいます。次いで、第41代持統天皇朱鳥6年(692)、相模国の国司・布施朝臣色布知(ふせのあそんしこふち)によって社殿の改修が行われ、木彫り狛犬一対が奉納されました。
天平15年(743)、竹内宿祢(たけしうちのすくね)の後裔・紀朝臣益麿(きのあそんますまろ)を初代宮司に迎え、同時に第45代聖武天皇より荘園を賜りました。
時代は流れ、第53代淳和天皇・天長9年(832)、国司・橘朝臣峯嗣(たちばなのあそんみねつぐ)を勅使として当国総社「冠大明神」の神号を天皇より賜りました。
境内
御朱印待ちで、裏の待合室
待合室に稀勢の里が横綱になった最初の場所(大阪 春場所)番付表があった
しかも参拝時は千秋楽 優勝を決める約1時間前
御朱印




