2017年(平成29年)7月22日参詣
群馬県高崎市倉賀野町1263 鎮座
倉賀野町に鎮座、BOØWY氷室京介の地元ですね。参拝によく行かれていたとか
「彼の家は、高崎から1つ目の駅倉賀野にあった。噂話好きの優しい人たちと、静かな風景。そして大きな川と空っ風にふかれる豊かな四季のある街だった。」(大きなビートの木の下でより)
社号標
鳥居
手水舎
狛犬
拝殿
拝殿を斜めより撮影
拝殿を見上げて見える彫刻は「飯玉縁起」の伝説を物語っています
扁額
本殿
御祭神
大国魂大神(おおくにたまのおおかみ)
第十代崇神(すじん)天皇48年、または大同2年(807年)に創始と伝えられ、倉賀野宿と近隣の七ヶ郷の総鎮守です。
旧社名は飯玉宮(いいだまぐう)、大国玉神社と呼ばれる時代を経て、明治43年(1910年)の神社合併により倉賀野神社となりました。
説明版
歴史・沿革
第十代崇神天皇の御代、国中に疫病が広まり、帝は倭大国魂神に祈願して災厄を鎮めた。
やがて皇子の豊城入彦命は東国の平定を命ぜられる。そして、出立のとき帝から御愛石を授けられた。
社伝によると、豊城入彦命はこの御愛石を御魂代として祭祀された。この石は倭大国魂神の御分霊と伝わり「ご神体のクニタマさま」として今も御本殿に奉安される。
大同二年(807)坂上田村麻呂公が造営舞楽を奏上。
建長五年(1253)倉賀野三郎高俊(武州児玉党の余流で倉賀野氏の始祖)が社殿を造営。
以後、社殿の建替え、修復が繰り返されてきた。
参道、社務所の間に神饌田
境内の左脇参道にある鳥居
御朱印は社務所にて頂きました
不在だったのでインターホンを鳴らしたら奥から出て来て書いて下さいました。
御朱印




