金龍山 浅草寺(せんそうじ)
2018年(平成30年)4月29日参詣
東京都台東区浅草2-3-1 鎮座
言わずと知れた日本有数の観光名所
「雷門」の正式名称は「風雷神門」。
天慶5(942)年、駒形付近に創建されましたが、鎌倉時代以降に現在の地へ移築されました。現在の門は慶応元(1865)年12月12日の田原町大火で消失したものを、昭和35(1960)年に、かの松下電器(現パナソニック株式会社)創始者・松下幸之助氏の寄進により復興再建されたものだとか。雷門と書かれた大提灯もパナソニックさんが寄進しているそうです
社号標
「雷門」から境内まで伸びる参道「仲見世」から漂ってくる江戸の風情とワクワク感は、活気あふれる下町・浅草ならでは
浅草寺の山門「宝蔵門」をくぐって境内へ
お水舎の外観
お水舎の内
空を見上げると、東京スカイツリーが見えました
本堂
ご参拝の際には「南無観世音菩薩(なむかんぜおんぼさつ)」と唱えるといいそうですよ
扁額
推古天皇36(628)年3月18日未明のことでした。今の隅田川に投網漁をしていた漁師の檜前浜成(ひのくまのはまなり)、竹成(たけなり)兄弟の網に一体の仏像がかかりました。それを豪族の土師真中知(はじのまなかち)は、尊い観音像であることを知り、深く帰依して自宅を寺とし、その観音像を奉安し、礼拝供養に勤めました。これが浅草寺のはじまりです。
大化元(645)年、勝海上人がこの地に留まり観音堂を建立、また夢告によりご本尊は秘仏と定められ武蔵国の観音信仰の中心地となりました。
現在の本堂再建工事にあたって出土した数々の遺物から、金龍山浅草寺は少なくとも平安期には大寺の伽藍をここ武蔵野の一漁村に構えていたことが判りました。
平安期はじめ、慈覚大師の巡拝により伽藍の整備が行われ、その後一層信者の層も厚くなりました。以来、慈覚大師を中興開山と呼んでおります
御朱印は本堂内にていただきました
ご本尊である聖観世音菩薩は、秘仏であるため内陣の中央にある御宮殿内に安置されており、そのお顔を拝見することはできません。
すべてに慈悲の心をもつという観音さまに手を合わせお祈りすることで、その温かい心を持つことが叶い、日々を安泰に過ごせることに繋がるのだそうです。
聖観世音菩薩の御朱印
「浅草名所七福神」のうち大黒天を祀る
「影向堂(ようごうどう)」
大黒天の御朱印
2018年09月30日
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