2018年03月08日

太子堂八幡神社 ひな祭り限定&月替限定御朱印(東京都世田谷区)

2018年(平成30年)3月3日参詣
東京都世田谷区太子堂5丁目23−5 鎮座

三軒茶屋で世田谷線に乗り換えて西太子堂駅にて下車して向かいました
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鳥居、社号標

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手水舎

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手水舎の奥に「幸せうさぎ」なるものが

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社殿前の狛犬

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拝殿

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扁額

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本殿
御祭神は、誉田別尊(ほんだわけのみこと=応神天皇)

創祀に関する正確な文献などは現存しないが、旧別当・円泉寺開基の縁起によれば、文禄年間(1592〜1596年)の創建とされている。
源頼義・義家親子が朝廷の命を受け陸奥の安倍氏による反乱(前九年の役)平定に向かう途中、当社にて戦勝を祈願したと伝えられており、平安時代以前に当地の守護神として祀られ、のち文禄年間(1593〜1596年)に八幡神社として体裁が整えられたものとみられる。

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拝殿脇にある授与所

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太子堂商店街の「タマにあえるまち」といったフォトスポットもありました
小説「うちのタマ知りませんか?」の舞台となった街なので、こうした企画が行われているのでしょうか

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神楽殿には、ひな人形が飾られていました

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鳥居をくぐり、すぐの所の授与所にて御朱印をいただきました

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月替わりの御朱印
平成30年3月限定(3月末まで)
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蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)
幸せクローバー

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つるし雛
2017(平成29)年からは月替わりの印判も捺され図柄は神事や季節にまつわる境内の様子で、毎回手彫りで印判を作っているとのことです


特別御朱印
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ひな祭り特別御朱印は見開きで、2018年2月20日〜3月3日までの期間

posted by かめ忍者 at 20:32| 栃木 ☔| Comment(0) | 東京の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月16日

渋谷氷川神社(東京都渋谷区)

2017年(平成29年)10月21日参詣
東京都渋谷区東2-5-6 鎮座

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社号標

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境内の裏手には國學院大学があるため、学生が参道を通って通学する姿をよく見かける。

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一の鳥居の割には、やや参道を歩いた所にある

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二の鳥居前にある狛犬

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石段の上に二の鳥居

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手水舎

雨の中の参拝でした
手水舎で清めてから拝殿に向かう時でした・・・

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ズブッ!!
ぬかるみに足が沈み靴の中までビッショリ濡れてしまいました
神社に足跡をしっかり残してきました!

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拝殿

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扁額

靴の中までずぶ濡れ・・・ここから写真を撮る力も尽きました・・・

由緒
昔は「氷川大明神」と呼ばれ、旧下渋谷村・下豊沢村の総鎮守として篤く信仰されてきました。詳細は不明ですが、かなり古い時代に創建された神社と考えられており、慶長10年(西暦1605年)に記された渋谷区指定文化財の『氷川大明神并宝泉寺縁起絵巻』によれば、景行天皇のとき、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征した際に素盞鳴尊(スサノオノミコト)を勧請したのが始まりといいます。

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拝殿の近くにある東側の出入り口を出れば国学院大学があります。学生たちの通学路になってるようです。

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御朱印

posted by かめ忍者 at 22:21| 栃木 ☀| Comment(0) | 東京の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月13日

金王八幡宮(東京都渋谷区)再訪

金王八幡宮(こんのうはちまんぐう)
2017年(平成29年)10月21日参詣
東京都渋谷区渋谷3丁目5−12 鎮座

前回は2014年(平成26年)11月3日に参拝いたしました


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社号標

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一の鳥居
明治通り・並木橋から六本木通りに至る坂の途中、「金王神社前」交差点を左に曲がると表参道の大鳥居が見える

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二の鳥居

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神門

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手水舎

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狛犬

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拝殿

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竹千代(コ川家光)の教育役の青山伯耆守忠俊(あおやまほうきのかみただとし)と乳母(めのと)の春日局(かすがのつぼね)が徳川家光の将軍就任を八幡宮に祈願し、願いが成就し、大神のご加護のおかげと、現在の社殿及び神門を寄進したそうです

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扁額

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拝殿内

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本殿

第73代堀河天皇の御代、1092(寛治6)年1月15日に鎮座。
金王八幡宮は、寛治6年(1092年)に渋谷氏の祖となる河崎基家(渋谷重家)によって、鎌倉街道沿いの要所である地に渋谷城を構え、八幡神の加護を勧請し創建されたと伝わっています。

当初は渋谷八幡宮と称していましたが、渋谷重家に嫡子がおらず渋谷八幡宮に祈願すると、平治物語や吾妻鏡などで有名な、武勇に優れた渋谷金王丸を授かり、金王丸の名声にちなんで、金王八幡宮と称するようになりました。



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御朱印は社務所にて頂きました

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御朱印



posted by かめ忍者 at 22:24| 栃木 ☀| Comment(0) | 東京の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月10日

豐榮稲荷神社(東京都渋谷区)

豊栄(とよさか)稲荷神社
2017年(平成29年)10月21日参詣
東京都渋谷区渋谷3-4-7 鎮座

豊栄稲荷神社は金王八幡宮の隣にあります。
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社号標

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鳥居

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鳥居を潜り左手に手水舎

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奉納鳥居のトンネル

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神狐像

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拝殿

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扁額

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本殿

創建は鎌倉時代の頃、渋谷八幡宮(現金王八幡宮)をお祀りした渋谷氏の祖河崎土佐守基家の曾孫高重によって祀られたと伝えられています。
当神社は元 渋谷川の辺、渋谷駅の近く(並木街三十一番地、公設市場と渋谷川の間)にありました。渋谷川が渋谷城の壕に利用されておりましたので、江戸時代文化の頃までは「堀ノ外稲荷」、その後「田中稲荷」と称せられておりました。また、川の端にありましたので「川端稲荷」とも申しました。

昭和二十七年道玄坂上(上通り四丁目三十四番地)の豐澤稲荷神社が合祀されました。豐澤稲荷神社は元猿楽町京極家(旧但馬豊岡藩)の下屋敷に祀られておりましたが、明治初年道玄坂上にお移し致し、中豊澤にあった多くの稲荷祠を合祀したということです。
東京都の区画整理事業が行われるに当たり、昭和三十六年十月現在地に移り豐榮稲荷神社と申し上げることになりました。(豊栄稲荷神社のリーフレットより)

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社務所にて御朱印を頂ました
こちらは基本的に無人との所らしいので、その場合は隣の金王八幡宮の社務所でいただけるそうです。

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御朱印

posted by かめ忍者 at 11:01| 栃木 ☁| Comment(0) | 東京の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月01日

素盞雄神社(東京都荒川区)奥の細道旅立ちの句 御朱印

素盞雄(スサノオ)神社
2017年(平成29年)8月27日参詣
東京都荒川区南千住6−60−1 鎮座

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神社の看板

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表参道の鳥居

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手水舎

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拝殿前には尻を跳ね上げ、躍動感に溢れる立派な獅子山

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拝殿
社紋は三つ巴と木瓜

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扁額

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本殿

由緒
795年(延暦14年)修験道の開祖・役小角の高弟で、黒珍という人物が「牛頭天王」「飛鳥権現」が降臨したという奇岩を祀り、当社を創建したと伝えられる。
明治初頭の神仏分離により、祭神を「素盞雄大神」「飛鳥大神」と改められ、社号も素盞雄神社へと改称した。

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日光街道側鳥居

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注連縄が巻かれているご神木
日光街道が東側にあり参道が延びており、そちらからも社殿の横側が綺麗に見える

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井戸

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富士塚
元治元年(1864年)御祭神が降臨した「瑞光石」に、浅間神社をお祀りし富士塚としている。

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神池に架かる千住おおはし

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芭蕉の碑
この千住の地が「奥の細道」の出発地点だったといい、文政三年(1820年)10月12日の芭蕉忌に際し、江戸随一の儒学者で書家としても高名だった亀田鵬斎が銘文を、文人画壇の重鎮である谷文晁の弟子の建部巣兆が座像を手がけるなど、千住宿に集う文人達により建てられたものだという。

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御朱印は参集殿の授与所にて
神社印と神社名の墨書による通常のものと、松尾芭蕉の句が詠まれた印の2種類

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初穂料は「お気持ちで」とのこと

posted by かめ忍者 at 01:00| 栃木 ☀| Comment(0) | 東京の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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