2018年05月13日

用賀観音の無量寺(東京都世田谷区)

祟鎮山 観音院 無量寺(むりょうじ)
2018年(平成30年)2月4日参詣
東京都世田谷区用賀4-20-1 鎮座

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社号標と山門

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東急田園都市線用賀駅すぐそばの無量寺

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全景

無量寺には江戸時代に品川で漁師の網にかかった観音像が納められており、「用賀の観音様」として多くの人が参拝し賑わっていたそうです。

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説明板

浄土宗に属し、芝の西応寺の末寺で、祟鎮山観音院と称する
寺史については明らかではないが、文政9年(1826)の「新編武蔵国風土記稿」には「開山光運社明誉寿広和尚、文禄3年(1594)8月18日示寂ス」と記されている。
本堂左の観音堂には、天正年間に品川の浜で漁師の網に揚げられ、用賀の住人橋六右衛門尉直住が観音様のお告げにより当寺に納めたものと言い伝えられている観音像が安置されており、12年に1回午の年に御開張が行われる。この他にもかつて当寺においては「観音様の御巡行」「お十夜」などの観音にゆかりの行事が盛んに行われ大変な賑わいを見せていたという。
現在の観音堂は文政13年(天保元年、1830)の棟札があることから、その草創はおそくとも江戸時代の前半期までさかのぼるものと考えられる。

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手水舎

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観音堂
用賀観音の十一面観音像が祀られています
実際のところ、この十一面観音は行基の作といわれています

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本堂

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扁額

無量寺は浄土宗に属し、芝の西応寺の末寺で、名前の由来は浄土三部経の中に阿弥陀経があり、その無量寿仏から名づけられたそうです。

歴史に関してははっきりしませんが、開山は光蓮社明誉寿広和尚で、「文禄三年(1594年)八月十六日示寂ス」と、新編武蔵国風土記稿に記されているそうです。

本尊は約45cmほどの三尊阿弥陀如来坐像で、製作者は春日といわれています。


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埋庫にて御朱印をいただきました

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埋庫玄関


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御朱印


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2017年02月09日

於岩稲荷 陽運寺(新宿区)

2017年(平成29年)2月4日参詣
東京都新宿区左門町18 鎮座

長照山 陽運寺は山梨県身延山久遠寺を総本山とする日蓮宗の寺院です。

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山門

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小さな稲荷

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手水舎

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花が添えてあり、お洒落
境内は狭いけど緑が多くとても可愛い作りで女性好みですね、まるで京都の小さなお寺みたいです。

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再建記念碑

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田宮家の井戸かもしれない井戸は新宿区の文化財で、湧き水はお清めに使われているそうです。

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水掛け福寿菩薩様
お題目を唱えながら、こちらの菩薩様にお水を掛け邪気払いました。

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阿の狛犬

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吽も狛犬

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可愛らしいミニ盆栽がありました

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本堂


水戸久昌寺の蓮牙院日建上人が昭和初期に創建しました。
鶴屋南北の東海道四谷怪談で有名な於岩がゆかりのある地であり、於岩稲荷を祀っており、道路向かいには四谷於岩稲荷田宮神社があります。


境内掲示による陽運寺の縁起では
由来の事
江戸時代、文政8年7月歌舞伎戯作者四世鶴屋南北作「東海道四谷怪談」が世に喧伝され、於岩様庶民の畏敬を受け当山その由縁の所として現在に至ったが、戦災に遇い協議の上本堂を栃木下野から薬師堂を移築再建した。棟札には宝暦7年とある。於岩様の戒名は得證院妙念日正大姉、墓は元鮫ヶ橋にあったが、現在は移転し巣鴨新庚申塚(妙行寺)にある。当堂内には於岩様御尊像奉祀され参拝者祈願の対象となり境内には由縁の井戸、再建記念碑等がある。(境内掲示より)




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受付所

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日蓮宗なので御首題ですが
「御朱印をお願いします」といつも通り寺院用の帳面を開いて御朱印をいただきました。

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2017年01月15日

神楽坂聖天 安養寺(東京)

醫光山 長寿院 安養寺
2016年11月13日参詣
東京都新宿区神楽坂6-2 鎮座

「安養寺」は別名、「神楽坂聖天」とも呼ばれています。

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正面にあるのは本堂ではなく聖天堂

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聖天堂には、「大聖歓喜天(聖天様)」が祭られています。
「聖天様」と一緒に祭られているのが「11面観音」で、「江戸三十三観音十六番札所」の本尊になります。

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参拝で敷地内に入ったら、お寺のおばちゃんが声を掛けてくれまして、2階にある薬師瑠璃光如来(黄金の神楽坂大仏)の部屋(本堂)へ案内してくれました。

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大仏様は「薬師如来」様で、かなり古いもののようです。高さ2mちょっとです。
東京大空襲で、このお寺も焼けてしまいますが、大仏様は、お顔、お手、薬壺が奇跡的に残りました。
これを当時、日本一とされた京都の仏師によって、復元されたのが今のこのお姿だそうです。



開設は平安時代に遡り、開基は天正19年(1591年)、慈覚大師円仁によります。
天正19年(1591年)、徳川家康が江戸城築城の際、城内川口より田安へ換地、その後天和3年(1683年)今の神楽坂の地に移転してきました。
ご本尊は「薬師瑠璃光如来」です。

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2017年01月14日

神楽坂 圓福寺(東京)

日蓮宗 妙徳山 圓福寺
2016年11月13日参詣
東京都新宿区横寺町15 鎮座

文禄5年(1596年)9月3日、加藤清正公により創建され、江戸三祖師の一つである厄除開運祖師や、江戸城から奉安された夜光鬼子母神を拝むことができます。

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神楽坂タイムスリップ ウォークラリーのスタンプポイントになっていました

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扁額

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福を呼ぶ福朗ちゃん

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懺悔(さんげ)ができる寺として知られ「懺悔守り」が人気を呼んでいる。
懺悔はキリスト教では「ざんげ」、仏教では「さんげ」と読むらしいです。
懺悔内容を記入し寺に奉納する種類のお守り。「過去の行いにより今があり、今の行いにより未来が決まる」という考えの下、過去の罪を心からわび、懺悔が健康運・仕事運(金運)・良縁という3つの事柄に変化をもたらすこと、つまり三化(さんげ)を祈念する。
懺悔の概念をより多くの人に知ってもらいたいと始めると、いろいろなメディアで取り上げられるようになり、全国からの問い合わせが多くなったと言う事です。
同寺ホームページ内に「神楽坂圓福寺お守り受付所」を開設。
懺悔守りは1枚500円。ネットで購入した場合は、懺悔内容を記入後、同寺まで返送する。



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江戸三大祖師
厄除け開運のお祖師さまの御首題

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2017年01月11日

毘沙門天 善國寺(神楽坂)

日蓮宗「鎮護山善國寺」
2016年11月13日参詣
東京都新宿区神楽坂5-36 鎮座

毘沙門天善國寺は神楽坂下と神楽坂上の間に位置し、神楽坂を神楽坂下から神楽坂上に歩けば左側に見えます。朱色の門、朱色の本堂ですから直ぐ分かります。

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神楽坂の街をめぐるスタンプラリー
が開催されていて混雑していました

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夏目漱石の『坊ちゃん』でも縁日のエピソードが出てきます。
「それから神楽坂の毘沙門の縁日で八寸許りの鯉を針で引っかけて、しめたと思ったらぽちゃりと落して仕舞ったが是は今考えても惜しいと云ったら、赤シャツは顎を前の方へ突き出してホホホ……と笑った」 

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善國寺虎石像 狛犬ならぬ狛虎が睨みをきかせています
善國寺毘沙門天は、またの名を多聞天ともいい、天の四方を守護する四天王の一つであり、北方または東北方を守護する軍神である。ゆえに人々の願いを多く聞き、ご利益を与えることを誓願とする天の神といわれている。善國寺の虎石像は、毘沙門天が寅の年、寅の月、寅の日、寅の刻に降臨したことに由来する。

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本堂
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善国寺(ぜんこくじ)は、安土桃山時代の文禄4年(1595年)、池上本門寺第12代貫主である日惺上人により創建された、日蓮宗の寺院です。
本尊の毘沙門天は江戸時代より「神楽坂の毘沙門さま」として信仰を集め、芝正伝寺・浅草正法寺とともに江戸三毘沙門と呼ばれました。
現在は新宿山ノ手七福神の一つに数えられています。

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いただいた御朱印の中央の印には「長完功名」(長く功名を全うす)の文字
 
posted by かめ忍者 at 22:35| 栃木 ☁| Comment(0) | 卍東京の寺院 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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