2017年01月15日

神楽坂聖天 安養寺(東京)

醫光山 長寿院 安養寺
2016年11月13日参詣
東京都新宿区神楽坂6-2 鎮座

「安養寺」は別名、「神楽坂聖天」とも呼ばれています。

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正面にあるのは本堂ではなく聖天堂

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聖天堂には、「大聖歓喜天(聖天様)」が祭られています。
「聖天様」と一緒に祭られているのが「11面観音」で、「江戸三十三観音十六番札所」の本尊になります。

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参拝で敷地内に入ったら、お寺のおばちゃんが声を掛けてくれまして、2階にある薬師瑠璃光如来(黄金の神楽坂大仏)の部屋(本堂)へ案内してくれました。

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大仏様は「薬師如来」様で、かなり古いもののようです。高さ2mちょっとです。
東京大空襲で、このお寺も焼けてしまいますが、大仏様は、お顔、お手、薬壺が奇跡的に残りました。
これを当時、日本一とされた京都の仏師によって、復元されたのが今のこのお姿だそうです。



開設は平安時代に遡り、開基は天正19年(1591年)、慈覚大師円仁によります。
天正19年(1591年)、徳川家康が江戸城築城の際、城内川口より田安へ換地、その後天和3年(1683年)今の神楽坂の地に移転してきました。
ご本尊は「薬師瑠璃光如来」です。

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2017年01月14日

神楽坂 圓福寺(東京)

日蓮宗 妙徳山 圓福寺
2016年11月13日参詣
東京都新宿区横寺町15 鎮座

文禄5年(1596年)9月3日、加藤清正公により創建され、江戸三祖師の一つである厄除開運祖師や、江戸城から奉安された夜光鬼子母神を拝むことができます。

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神楽坂タイムスリップ ウォークラリーのスタンプポイントになっていました

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扁額

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福を呼ぶ福朗ちゃん

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懺悔(さんげ)ができる寺として知られ「懺悔守り」が人気を呼んでいる。
懺悔はキリスト教では「ざんげ」、仏教では「さんげ」と読むらしいです。
懺悔内容を記入し寺に奉納する種類のお守り。「過去の行いにより今があり、今の行いにより未来が決まる」という考えの下、過去の罪を心からわび、懺悔が健康運・仕事運(金運)・良縁という3つの事柄に変化をもたらすこと、つまり三化(さんげ)を祈念する。
懺悔の概念をより多くの人に知ってもらいたいと始めると、いろいろなメディアで取り上げられるようになり、全国からの問い合わせが多くなったと言う事です。
同寺ホームページ内に「神楽坂圓福寺お守り受付所」を開設。
懺悔守りは1枚500円。ネットで購入した場合は、懺悔内容を記入後、同寺まで返送する。



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江戸三大祖師
厄除け開運のお祖師さまの御首題

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2017年01月11日

毘沙門天 善國寺(神楽坂)

日蓮宗「鎮護山善國寺」
2016年11月13日参詣
東京都新宿区神楽坂5-36 鎮座

毘沙門天善國寺は神楽坂下と神楽坂上の間に位置し、神楽坂を神楽坂下から神楽坂上に歩けば左側に見えます。朱色の門、朱色の本堂ですから直ぐ分かります。

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神楽坂の街をめぐるスタンプラリー
が開催されていて混雑していました

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夏目漱石の『坊ちゃん』でも縁日のエピソードが出てきます。
「それから神楽坂の毘沙門の縁日で八寸許りの鯉を針で引っかけて、しめたと思ったらぽちゃりと落して仕舞ったが是は今考えても惜しいと云ったら、赤シャツは顎を前の方へ突き出してホホホ……と笑った」 

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善國寺虎石像 狛犬ならぬ狛虎が睨みをきかせています
善國寺毘沙門天は、またの名を多聞天ともいい、天の四方を守護する四天王の一つであり、北方または東北方を守護する軍神である。ゆえに人々の願いを多く聞き、ご利益を与えることを誓願とする天の神といわれている。善國寺の虎石像は、毘沙門天が寅の年、寅の月、寅の日、寅の刻に降臨したことに由来する。

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本堂
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善国寺(ぜんこくじ)は、安土桃山時代の文禄4年(1595年)、池上本門寺第12代貫主である日惺上人により創建された、日蓮宗の寺院です。
本尊の毘沙門天は江戸時代より「神楽坂の毘沙門さま」として信仰を集め、芝正伝寺・浅草正法寺とともに江戸三毘沙門と呼ばれました。
現在は新宿山ノ手七福神の一つに数えられています。

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いただいた御朱印の中央の印には「長完功名」(長く功名を全うす)の文字
 
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2016年10月19日

顔だけの「上野大仏」

2016年6月5日参詣
東京都台東区上野公園7-47(上野恩賜公園 寛永寺)鎮座

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上野精養軒に隣接する、大仏山というちいさな丘の上にあるパゴダ薬師堂には、お隣に釈迦如来の大きなお顔が祀られています。
数々の災難を生き抜いてきたということで縁起のよい「合格大仏」として多くの受験生の皆さんのシンボルとしても知られています。

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人と比較すると大きさが分かりますね

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この場所に最初に大仏が建ったのは寛永8年(1631年)、粘土に漆喰塗りの釈迦如来坐像だった。
その後、万治年間 (1660年) に青銅製の釈迦像となり、元禄11年 (1698年)には大仏殿も建立された。
その後、1647年の地震、1841年の火災、1855年の地震などの災難に見舞われ、首や顔などの部分が破損。その都度修復作業が行われました。
しかし、1923(大正12)年の関東大震災で4度目の崩壊、頭部が落下。
その後、胴体の部分は戦争の軍需資源として使用されたため、顔のみが残り この地から消えてしまいました。
しかし、昭和42年(1967年)関東大震災の50回忌にあたり上野観光連盟が願主となってパゴダ薬師堂を建立。
昭和47年(1972年)寛永寺に保管されていた顔面部がレリーフとして安置され現在のお姿となった

もうこれ以上落ちない上野大仏の悲しい歴史

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御朱印は清水観音堂でいただきました。

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2016年10月18日

パゴダ薬師堂(上野恩賜公園 寛永寺)

2016年6月5日参詣
東京都台東区上野公園7-47 (上野恩賜公園 寛永寺)鎮座

パゴダ(pagoda)とは仏教用語で「仏塔」のことを指します。一般的には仏様の遺骨あるいは経文などを御安置する神聖な塔です。

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御本尊 薬師瑠璃光如来
御脇侍 日光・月光ニ菩薩
      (旧上野東照宮薬師堂ご本尊)
沿革
寛永8年(1631)堀丹後守直寄公が釈迦如来尊像を当山に建立せられ、1660年頃青銅の大仏に改鋳され。
大正12年(1923)、大震災で破損のため撤去する。

パゴダ建立
発願者 上野観光連盟
寄進者 大成建設株式会社
昭和42年(1967)7月吉日竣工  東叡山 寛永寺

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解説も付いていました
当病平癒(心と身の病を癒す)祈願成就のお参り

薬師如来は大医王仏とも称され、人々の病苦を救う仏様です。

先、薬師如来絵馬を受付にて授かり、願意と名前を記入します。絵馬を合掌にはさみ、正面で一礼して時計回りに薬師如来のご真言「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ」を唱えながらパゴダの周りを歩きます。
正面に戻ってきたら再度一礼して絵馬掛けにかけて祈願完了です。
  ※一周する間に7回ご真言を唱えてください。

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御朱印は清水観音堂でいただきました。
posted by かめ忍者 at 23:18| 栃木 ☁| Comment(0) | 卍東京の寺院 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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