2017年10月13日

鹿嶋八幡神社(茨城県那珂市)

鹿嶋八幡神社(かしまはちまんじんじゃ)
2017年(平成29年)7月30日参詣
茨城県那珂市額田北郷417 鎮座

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社号標
鹿嶋八幡神社ですが「額田神社」の社号標
地元では額田神社と呼ばれてるようです(詳細は由緒紹介のところにて)

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参道途中にあるヤマザクラの老樹
樹齢400年〜500年とされ、「茨城桜見立番付」において、西の横綱に選定された名桜である。落雷で大枝が切断されているが、樹勢は衰えをみせていない。

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鳥居

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手水舎

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狛犬(阿形)

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狛犬(吽形)

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拝殿

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扁額
明治元年に奉納、揮毫は水戸学で有名な会沢正志斎によるものだそうです。

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本殿本殿(右 鹿嶋社 左 八幡社)
神社の名前の通り、以前には鹿嶋宮と八幡宮とが別々にあり、江戸時代に合祀され、現在のような形になったようです。

御祭神は鹿嶋宮が武甕槌命、八幡宮が誉田別命を祀ります。

由緒として、鹿嶋宮が平城天皇の御代西暦806年(元号でいうと延暦二十五年か大同元年でしょうか?)に御祭神である武甕槌命を奉遷します。後に佐竹氏の祖である佐竹昌義が本殿を造営します。

八幡宮は康平六年(1063年)八月に、源頼義が前九年の役を平定して帰京する途中、西馬場の地に勧請し戦勝を謝し、永保元年(1081年)に源義家が境内や参道を修造したとのことです。後に佐竹義直により再建されます。

慶安元年(1648年)には徳川家光公より鹿嶋宮へご朱印地十五石、八幡宮へは二十石が授けられます。
元禄七年(1694年)徳川光圀公が八幡宮と鹿嶋宮を合祀し社殿を改築、額田神宮の称を賜ります。
これは所謂水戸藩の「八幡改め」の一環として行われたことかと思いますが、名称自体は「額田鹿嶋八幡宮」が正式であったようで、二年後の元禄九年にも神社名称が変更されますが、これも「額田鹿嶋八幡神社」と八幡の名称は残っていたようです。それだけ有力な八幡神社だったのかなと考えることも出来そうです。
ちなみにこの八幡改めの際に整理されなかった八幡宮は、当時水戸藩にあった105社の内4社だけで、水戸八幡宮(水戸)、若宮八幡宮(常陸太田)、馬場八幡宮(常陸太田)、安良川八幡宮(高萩)のみでした。

明治に入ると村社に列格し、社名も鹿嶋八幡神社に改められますが、以上の由来から地元では額田神社と呼ばれることが多いようです。



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社務所(写真)が閉まっていたので御朱印は宮司さん自宅にて頂きました

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御朱印



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2017年10月05日

鹿嶋三嶋神社(茨城県那珂市)漢字と平仮名の2つの御朱印

鹿嶋三嶋(かしまみしま)神社
2017年(平成29年)7月30日参詣
茨城県那珂市後台509 鎮座

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二の鳥居(一の鳥居を見逃しました^^;)

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手水舎

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狛犬(吽形)

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狛犬(阿形)

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拝殿

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拝殿(斜め撮り)

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扁額

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本殿
茨城県那珂市にある鹿嶋三嶋神社は鹿島神宮の鎮座する方向を向いて建てられています。創建は和銅年間(708年〜715年)と伝えられています
当初は村内に鹿嶋明神、三嶋明神、駒形八幡神社、若宮八幡神社が4カ所に分祠されていました。
時代が下り天和三年(1683)、水戸藩主徳川光圀公の命により現在の鎮座地に四社を合祀します。
更に元禄九年(1696)、光圀公の命により鹿嶋名神・三嶋明神と駒形八幡神社・若宮八幡神社を分霊、合祀し末社とします。そして鹿嶋明神・三嶋明神の二神を祭祠し、社名を鹿嶋三嶋神社として一村の鎮守としたということです。


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本殿真後ろには御神木である「二本で一本杉」

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御朱印は授与所にて拝受

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「漢字」と「ひらがな」の御朱印 珍しいですね


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2017年10月03日

菅谷鹿島神社(茨城県那珂市)

菅谷鹿島神社(すがやかしまじんじゃ)
2017年(平成29年)7月30日参詣
茨城県那珂市菅谷2345 鎮座

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社号標

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境内まわりの土手に「ちょうちん祭」の看板
三年に一度の八月十五日に行われる例祭、「菅谷のちょうちん祭」とも呼ばれる大助祭(おおすけまつり)が有名です

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大鳥居

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狛犬(阿形)

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狛犬(吽形)

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手水舎

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茅の輪がありました

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拝殿

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扁額

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拝殿内

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本殿
鹿嶋市の鹿島神宮の御分霊を祀った神社で、御祭神は武甕槌大神になります

御由緒として、創建は大同年間(806-810)で、鎮座地は那珂市菅谷字両宮に創建されたということです。天喜五年(1057)に、前九年の役に勝利した源頼義が、御礼に社を菅(チガヤ:茅)で葺いて寄進したので、当地の地名が『菅谷』になったと伝わっています。慶長年間(1596-1615)には、常陸に覇を唱えた佐竹義宣公が同地に八幡神社を祀り、『両宮』の地名が起こります

元禄九年(1696)、徳川光圀公の所謂「八幡潰し」で、八幡神社が廃され鹿島明神だけとなり、天保十四年(1843)には徳川斉昭公の一村一社制で、鹿島明神も廃されてしまいます

その後、村人達の陳情もあり、安政三年(1855)三月に、斉昭公より正式に創建遷座を許され、現在の鎮座地へ社殿の造営が開始されます。翌年一月十三日に鹿島神宮で分神霊を授かり、十四日から十九日まで、現在の水戸市青柳にある鹿島香取神社に滞在後、一月十九日に数百人の氏子や神官で分神霊を遷した神輿を挟み、菅谷まで遷宮行列がなされ、鎮座されています。


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御朱印は、授与所にて拝受

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御朱印


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2017年10月01日

鷲神社(茨城県那珂市)

鷲(わし)神社
2017年(平成29年)7月30日参詣
茨城県那珂市鴻巣182 鎮座

鴻巣西部字鷲宮の森に囲まれて素朴でかつ閑静
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社号標

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鳥居

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手水舎

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狛犬(阿形)

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狛犬(吽形)

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拝殿

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扁額

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拝殿の右側に掛かっていた扁額

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本殿
御祭神は「天日鷲命(あめのひわしのみこと)」

縁起では大同2年 (平城天皇807年)4月18日の創建。
此の地に樹高 90丈(約30m)の松の大樹があり、毎年一大鉅鳥が西南より口に白幣を含んで飛来した。里人はこれを異とし、 神人に垂示を乞うと武州日鷲の神だといい、しかも三度 占ったが同じなのでこれを奉斎したと言う。



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社殿右側からの入口の鳥居
正面鳥居、拝殿同様の珍しい結び方の注連縄

祈年祭(2月27日) 八丁注連と呼ばれ 大字の境に注連縄と御幣を立て一切の災 を祓い五穀豊穣を祈願する

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御朱印は、神社のすぐそばにある宮司さん自宅兼社務所でにて拝受
事前に電話連絡しないと不在が多いと言う事です。

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御朱印(初穂料¥300)

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2017年08月27日

鶴峯八幡宮(茨城県古河市)合社相殿・香取宮、摂社・丸山稲荷神社の3つの御朱印

鶴峯(つるがみね)八幡宮
2017年(平成29年)6月17日参詣
茨城県古河市中田1337-7 鎮座

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社号標

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一の鳥居正
八幡宮(左)と正一位香取宮(右)の額が掛けられている。

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二の鳥居

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手水舎

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狛犬(吽形)

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狛犬(阿形)

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拝殿

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扁額

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本殿


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鶴峯八幡神社の祭神は、誉田別命、経津主命の二神である。創立は養和元年(1181)八月であり、香取宮と天福二年(1234)九月合社相殿となる。

当社は治承四年(1180)九月源頼朝が奥羽征伐の折此の地に立寄り軍利守護を祈願したところ、武運が開け御神徳を感じその宿願により、相模国鶴岡八幡宮の分霊を上伊坂(現今の田中)に勧請した。

頼朝の侍従で鶴岡八幡宮の詞官高橋摂津守の次男鴨次郎吉元を、当社の初代神主と定め、後社名を鶴峯八幡神社となる。
その時四町の地を以って境内地となし、その上、神領五百石(上伊坂、下伊坂、松永、間鎌の地)を寄附せられ、周囲の村々氏子の人々の信仰を集めた。


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丸山稲荷社

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明治四十二年(1909)二月小中田香取宮を本殿香取宮に合霊し、稲荷社は、境内社丸山稲荷社へ合霊する。後明治四十四年九月利根川河川改修時、河川敷地に当たるため、現在の中田大道西の地に移転鎮座する。その時、紅葉稲荷社を境内地丸山稲荷社に合霊する。

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社務所にて御朱印を頂きました

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鶴峯八幡宮の御朱印

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合社相殿・香取宮の御朱印

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摂社・丸山稲荷神社の御朱印


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2017年08月11日

筑波山の日 限定御朱印(茨城県)

2017年(平成29年)8月10日に筑波神社へ向かいました
茨城県つくば市 筑波1番地 鎮座

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曇天の中、時折小雨が降る天気
筑波山を仰ぐと山頂は雲で覆われています・・・

平成29年8月3日は「2983=つくばさん」の語呂合わせで「筑波山の日」です!
数十年に一度の記念すべき日

3日の「筑波山の日」をスタートとし、11日の「山の日」に開催する「筑波山ガマまつり」をフィナーレに、“筑波山WeeeeK!”として筑波山で多くのイベントを実施しています。

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そんな中、8月3日〜11日 筑波山神社社務所にて
この期間限定の御朱印(全4種類)と、登拝の安全を祈願した御守を授与できます!


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まず筑波山神社を参拝

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拝殿

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今回の限定御朱印の4つの筑波山神社摂社は登山道の途中にある巨石群に建っています
巨大な岩が約10ヵ所に点在していて巨石巡りをしながらの参拝です

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登山開始、白雲橋コースから女体山山頂を目指しました
しかも霧雨が時折降る中で岩が滑り神経を使いながら登りました

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稲村神社の立て看板

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稲村神社

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出船入船の巨石

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渡神社

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北斗岩

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小原木神社

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安座常神社の立て看板

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巨石の奥に・・・

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安座常神社

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御朱印、お守りは筑波神社授与所にて頂けます
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お守り

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筑波山神社、過去の参拝記事

2015年3月6日の参拝


2015年3月6日男体山、女体山参拝


2016年6月18日蚕影神社参拝(御朱印は筑波山神社)


2017年5月20日 筑波山神社の境内社3社御朱印



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2017年08月05日

楯縫神社(茨城県美浦村)

楯縫(たてぬい)神社
2017年(平成29年)6月3日参詣
茨城県稲敷郡美浦村郷中2988(旧信太郡木原村) 鎮座

古名は信太郡一宮。式内社(常陸国信太郡、小社)。旧県社。美浦村信太にも同名の楯縫神社がある。
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社号標

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一の鳥居

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神社、狛犬(村指定文化財)の説明板

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二の鳥居

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手水舎

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拝殿

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拝殿と手前には御神木なのでしょうか立派な杉
(扁額はありませんでした)

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本殿

社伝によると、推古天皇十六年(608)の創祀
御祭神の普都主命(ふつぬしのみこと)が、この地で兜楯を脱いで置いていったことから「楯脱ぎ」、それが転化して「楯縫(たてぬい)」の由来になったそうです。

鎮座の年代は、一説には神武天皇十八年とも、元明天皇和銅元年とも。

古来、信太郡一の宮として崇敬され、境内北の方に、杉の巨木の根幹(径六メートル)があって「木原」の地名の起りともなったという。



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由緒書き説明板

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拝殿の賽銭箱前に貼り紙
これで宮司さん宅が分かり、御朱印を頂きに行きました

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社殿左手の階段をくだり宮司さん宅へ

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宮司さん宅にて御朱印を頂きました

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御朱印



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2017年08月03日

大杉神社 あんばさま(茨城県稲敷市)

大杉(おおすぎ)神社
2017年(平成29年)6月3日参詣
茨城県稲敷市阿波958 鎮座

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社号標

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神社裏の駐車場にある看板

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一の鳥居

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一の鳥居脇に天狗の顔の石像
「ねがい天狗」

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「かない天狗」

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参道の先に二の鳥居、両脇には大きな灯篭

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神門

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手水舎

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楼門
現在もとても優美な社殿になっているのだが、それでもかつての社殿には及ばないとされる。
享保十三年(1716年)に消失する以前の社殿は、現在の優美な社殿を遥かに量がする豪華絢爛なものだったと云われており「あんば参れば日光見るに及ばず」と言われるほどであったという。

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楼門の先に拝殿 その参道に足跡

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拝殿

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現在の社殿はとても新しく見えるが、社殿自体は文化十二年(1816年)に再建されたもの。
平成の大修理によって彩色が行われ、現在の優美な社殿となった。

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扁額

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社殿を覆う壁に綺麗な彫刻群

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本殿


創建は神護景雲元年(767年)奈良の大神神社を出立した勝道上人が日光開山の途上に立ち寄り、御神木であった杉の大木に三輪明神を祀ったのが始まりとされる。

【由緒書より】
大杉神社はかつて「アンバ神」あるいは「アンバに坐す神社」と称されておりました。後に神霊が巨杉に宿ることから「大杉神社」と称されるようになりましたが、多くの人々は愛着を込めて「アンバ様」と称するようになりました。「アンバ神」は房総半島北部域から茨城県東南部一帯を支配していた「ウナカミの王」のを祀る「日の神様」であり、霞ヶ浦・利根川流域・印旛沼・手賀沼・小貝川流域・鬼怒川下流域・牛久保を包含して余りある、いわゆる常総内海の守り神であり、旧小見川町一帯を本拠地とした「ウナカミの王(後の菟上国造)の最も重要視した神社でありました。
後に「悪魔祓のアンバ様」と称されるように、生活万般の厄難を消除する御利益から、厄除・八方除、星除、空亡除(天中殺、大殺界除)の神様として多くの方々の祈祷が毎日のように行われております。
日本唯一夢むすび大明神の名がますように又夢叶えの神社として多くの方々が正五九参りにおとずれております。



沢山の境内社がある大杉神社ですが、私的に勝馬神社に注目
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説明板
古くは「馬櫪社」といい、当社とは別の独自の古い由緒を持ち、馬体守護のため貞観四年(862年)に創建、その後、平安時代末期に当社へ遷座
平成十四年(2002年)に、荒廃した社殿を再建し、現在の「勝馬神社」と改めた。
かつては別当寺「安穏寺」裏に競馬場があり、昭和初期まで奉納競馬が行われていたり、現在も車から15分ほどの距離にJRAの美浦トレーニングセンターがあるため、そちらの関係者が祈願に訪れるそうです。

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境内社 勝馬神社

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御朱印は授与所にて頂きました

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御朱印

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2017年08月01日

日先神社(茨城県土浦市右籾)

日先(ひのさき)神社
2017年(平成29年)6月3日参詣
茨城県土浦市右籾2202 鎮座

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社号標

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鳥居

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由来石碑
(由緒:現地案内板より)
大喜五年源頼義、義家父子の軍団奥州に向かう途中当地に宿営。夜霊夢ありて、この地で賊徒平定の大祈願祭を厳修した。

康平元年(一〇五八年)十一月其処へ社殿を創建、丸四天権現宮と尊称武甕槌命、経津主命、
衡立船戸大神の三神を鎮斎した。丸四天権現宮は何時しか摩利支天さまと俗称された。

明治四年日光神社と改称後に、日先神社と改める。
明治五年右籾、摩利山新田、中村、中村西根、乙戸、荒川沖、荒川本郷、沖新田、以上八ヶ村の村社となる。
昭和二十七年十月六日宗教法人設立。

古来諸災病難消除の神として、戦時中は武神として信仰されている。


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参道

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手水舎

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狛犬

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拝殿(正面より)

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拝殿(左斜めより)

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拝殿(右斜めより)

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扁額

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拝殿内

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拝殿内にある奉納された品物の数々

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本殿
祭神・武甕槌神、経津主神、衝立船戸神



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明神鳥居(裏門)

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御手洗池跡

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御朱印は宮司さん宅にて頂きました

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御朱印

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2017年07月28日

静神社(茨城県那珂市)

2017年(平成29年)5月28日参詣
茨城県那珂市静2 鎮座

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社号標

静(しず)神社は延喜式神名帳に記載された名神大社
かつては東国三守護神(鹿島神宮・香取神宮・静神社)として信仰を集めたそうです。

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一の鳥居

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一の鳥居をくぐると手水舎

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二の鳥居

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参道の階段を上ると神門が見えてきます

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神門前にいる狛犬

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神門前の手水舎

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境内内から見た神門

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拝殿

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本殿

創建は不詳。『新編常陸国誌』では大同元年(806年)に創建されたという社伝を載せる。
嘉祥三年(850年)に奉幣の記録が残されており、それ以前の創建になると考えられています
当社の鎮座地周辺は当社を中心として神社が三社、寺院が七社の一大霊場を形成していたそうです
現在社宝として伝わっている「銅印」は奈良時代の作と言われ、「静神宮印」と彫られています。この時代"神宮"と呼ばれていたのは、伊勢と鹿島、香取、石上だけであったので、相当重要な神社であった事は確かのようです
鹿島神宮、香取神宮と共に、東国三守護神として崇敬を集め、豊臣氏や徳川氏から寺領の寄進があったことも記録されています


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本殿右手からは末社の「手接足尾神社(てつぎあしおじんじゃ)」への参道が続きます
「手接足尾神社」は昔から手と足腰の安全、健康の守護神としての信仰が厚く、祈願の際に「手差し」や「草履」を供えて願をかける習慣が残っているそうです。

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授与所にて御朱印を受けました

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御朱印



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