2017年11月09日

ラオスの神様

息子がラオスのルアンパバーンを旅行した。その時のお土産です

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向かって右がプーニュー(男性)髭が生えていて銀髪
左がニャーニュー(女性!)金髪です
プーは「おじいさん」、ヤーは「おばあさん」ニューは「大きい」。という意味で、合わせて神さまへの親しみを込めた尊称です。
真ん中の馬形のモノは、プーニュー・ニャーニューの愛馬で仮面獅子シンカップ・シンクゥーン
ラオス人にとっては天地創造時の原初の夫婦、つまりアダムとイブのような存在ですね。


旅の写真
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2017年10月23日

ミャンマー「フクロウ」黄金のお守り

ミャンマーにおける「ふくろう」は、幸運をもたらすラッキーな鳥。
息子が大学のある企画で教授から頂いたふくろうのお守り。

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ミャンマーではパゴダの境内の売店や、市場のお土産物やさんで 売っていることもあります。

ミャンマー人の利用方法としては、フクロウの頭の部分を取り外して 中にお経などを入れて仏壇の脇に置いたりします。
日本でいうところの招き猫のような意味もあり、「商売繁盛」や「家内安全」などの願いを込めておいておきます。
オスとメスのペアだと更に幸福を呼ぶといわれています。

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2017年09月08日

竹田の姫だるま

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古典的な日本美人の顔をした姫だるまで、かつては「福女」とか単に「おきあがり」とよばれていた
大分県の竹田地方では、大正時代の頃まで、正月にこのだるまを各戸に配って歩く祝いの行事があった。
正月2日の未明、ホギト(祝人)と呼ばれる使者が「おきあがり、おきあがりー」と声をかけながら玄関や戸口にだるまを置いていく。
各家ではホギトにご祝儀を渡し、だるまは神棚や酒樽の上へ飾ります
髭面の男だるまとは違い、この姫だるまは着物の襟元がくぼみ、あごや顔の輪郭が立体的に作られている。
大きさは小8センチから大50センチくらいまでの8種。
新年に幸運を呼ぶ、招福・無病息災のお守りです。


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「水曜どうでしょう」九州最大の聖地
豊後竹田の「後藤姫だるま工房」にて作られています
放送はもう何年も前ですが「西日本原付制覇」で大泉洋さんの高崎のだるまとお見合い、めでたく結婚したのが竹田の姫だるまです

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この農家が手掛ける民芸品「姫だるま」に人気が集まり、予約で約3年待ちとなっている。
家庭円満や商売繁盛を願う柔らかな表情が特徴で、縁起物として注文が相次ぐ。江戸時代からの伝統をたった1軒の親子が引き継ぐ。手作りで、1体仕上げるのに1週間ほどかかる。

稲作農家で、後藤姫だるま工房を営む後藤明子さん(80)と、長男の妻の久美子さん(59)が受け継ぐ(2017年現在)
江戸時代の武家の女性がモデル。木型に和紙などを張って形を作り、絵の具で顔などを描く。明子さんが目や眉の絵付けを担い、久美子さんが口元を描く。

竹田市では戦前まで、だるま作りが盛んだったが、戦時中に衰退。
1952年に同工房が復活させた。明子さんは60年間、姫だるまと向き合ってきた。「一つ一つに愛情を込める。子どもを育てるのと一緒です」筆に思いを込める。


後藤姫だるま工房
〒878-0035 大分県竹田市吉田889
TEL 0974-62-3735

私が購入したのは現地でなく、栃木県日光市の古道具屋さんでした。
以前から気になっていた竹田姫だるま!これも巡り合わせでしょうか!ご利益を感じます。

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2017年07月29日

古峯神社 天狗だるま

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栃木県鹿沼市の古峯神社授与所にて天狗だるま(¥2000)が販売されています
子天狗だるま(¥1000)も新しく登場
とてもユニークなフォルム・デザインはご利益の他にオブジェとしてみても目を惹くものがあります

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私は子天狗だるまを購入

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2017年02月19日

豪徳寺「招福猫児」福を呼んで!

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長男が世田谷での1人暮らし、次男の寮生活、家にそれぞれ1つづつ

去る2015年10月31日に
世田谷区の豪徳寺
を参拝した時に購入した、豆サイズの招き猫

豪徳寺では、「 招福猫児(まねぎねこ)」と呼んでいるそうです。

『大渓山 豪徳寺』彦根藩井伊家の墓所として有名なお寺です。

もともと、この地には、奥州吉良氏により築かれた世田谷城がありました。
文明12年(1480)、城主であった吉良政忠は、叔母である弘徳院のために敷地内に「弘徳院」創建しました。豪徳寺の前身です。
現在の豪徳寺2丁目を中心に、世田谷は城下町として栄えていました。
しかし、天正18年(1590)小田原征伐の際、世田谷城が廃城となり、弘徳院もだんだんと寂しくなっていきます。

時は江戸に入り、辺りは彦根藩井伊家の所領となります。
当時、弘徳院の第4代ご住職は、タマという真っ白なネコを我が子のようにとても可愛がっていました。
ご住職は、「汝、我が愛育の恩を知らば 何か果報を招来せよ」とタマにお話していました。


ある日のこと、門前が騒がしいので外へ出てみると、鷹狩りの帰りと見られる武士が5〜6人、暫し休憩をさせてもらえないか?と訪ねてきました。
聞けば、門前を通りかかると、白いネコがうずくまりこちらを見て頻りに手招きをしている、気になった一行は馬を降り、ネコに誘われるように境内へ訪ね入った、とのことでした。
快く客人を招き入れ、お茶を振る舞おうとしたとたん、にわかに空が曇りだし、雷とともに激しい夕立が降り始めます。
激しい雷雨の中、ご住職は心静かに武士達へ説法をします。
すると、客人は、自身が彦根藩2代藩主 井伊直孝であると名を告げ、「ネコに招き入れられ雨をしのぐことができ、しかもご住職のありがたいお話に預かることができた、これも仏さまの因果でしょう」と、大変よろこび帰っていきました。
この当時、お寺はお茶を振る舞うことも苦労するほどに貧窮していたといわれます。

後日、井伊直孝はこのお寺を整備するために伽藍を寄進し、井伊家の菩提寺とします。直孝の戒名から『豪徳寺』とされお寺は盛り返したのです。

時が経ち、福を招いてくれたタマが亡くなると、ご住職は、お墓を建て冥福を祈り、弔います。
タマが右手を上げて招いている姿形を招福猫児(まねぎねこ)と称し、境内に「招猫殿」をつくり、招猫観音を祀りました。
以降、富や人の縁、幸福を招いてくれると、人々はその吉運にあやかり祈念するようになりました。

これが、「タマ伝説」招き猫のはじまりとされています。


posted by かめ忍者 at 20:00| 栃木 ☁| Comment(0) | 郷土玩具・授与品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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