2020年03月26日

テレ朝 グッド!モーニング 「豊顕寺」 桜とイチョウ

テレ朝、グッド!モーニング
依田司さんの気show 予報は、横浜市三ツ沢の「豊顕寺」からでした

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昨日、東京都の小池知事が新型コロナの影響からか、週末の外出を自粛するよう話ていました。各地の桜の様子でお出掛け気分を味わったくださいと・・・依田さん

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こちらのお寺は、室町時代に出来たものです。

昔から桜の名所でも知られた場所でもあります

そしてイチョウとドッキングした珍しい桜があります
境内にあり樹齢700年のイチョウで上を見上げると桜が咲いています
桜の種類は大島桜といわれています

70年前、このイチョウに雷が落ちて その裂け目に何かの拍子で桜の種子が入り込んだのではないかということです
まさに自然の神秘! 秋にはイチョウが黄色く色づきます。


2018年(平成30年)3月4日に豊顕寺を参拝したときの記事
    ⇓
「豊顕寺」を紹介しました。


アクセス
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posted by かめ忍者 at 20:43| 栃木 ☀| Comment(0) | 卍神奈川の寺院 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月08日

豊顕寺(神奈川県横浜市)

豊顕寺(ぶげんじ)
2018年(平成30年)3月4日参詣
神奈川県横浜市神奈川区三ツ沢西町16番地−1 鎮座

豊顕寺は、横浜地下鉄ブルーライン「三ツ沢上町」出入口から徒歩3分のところにある(ホームから出入口までが大変)
法華宗陣門流の寺院です(日蓮門下の寺院)
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寺号標

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豊顕寺という寺は、門脇に設置された案内板によれば、三河国多米村(現在の愛知県豊橋市多米町)の郷士多米元興が先祖菩提のために1515年(永正12年)に建立した本顕寺に端を発するという。後に元興は三ツ沢に隠棲し、本顕寺を移し、豊顕寺と改称したものらしい。元興の死後、堂宇が造営されて巨刹となり、1700年代以降には多くの学徒を抱える檀林(僧徒のための学問所)として大いに栄えたのだという。それらの堂宇は残念ながら明治期の火災や関東大震災によって失われ、檀林も絶えてしまった。今は木立に包まれてひっそりと本堂が建っているが、かつて多くの学徒を抱えた檀林として栄華を極めた時代もあったのかと、古い時代に思いを馳せるのも楽しい。

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山門

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井戸

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本堂

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扁額

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御首題


posted by かめ忍者 at 22:14| 栃木 ☁| Comment(0) | 卍神奈川の寺院 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月16日

大黒尊天と素敵な御首題、顕應山 妙安寺(神奈川県平塚市)

顕應山 妙安寺(みょうあんじ)
2017年(平成29年)9月18日参詣
神奈川県平塚市平塚1-12-15 鎮座

平塚鬼子母神こと妙安寺、平塚七福神の大黒様がいます
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寺号標

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手水舎

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大黒尊天

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本堂
御本尊 鬼子母大尊神
湘南ひらつか七福神 大黒尊天

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扁額

建立されたのは江戸の初期(慶安年間)の頃。
開山は顕應院日在上人、開基は深信院妙安日栄信尼。
徳川家康の側室の一人で、日蓮宗を深く信仰さていた養珠院お萬之方様(水戸徳川家、紀州徳川家開祖の御母堂)。
そのお萬之方様に幼少の頃から奥女中としてお使えしていたのが妙安信尼である。
当時の身延山法主であった日遠上人に帰依していたお萬之方様が、肌身離さずお持ちになられていた鬼子母尊神のお像を妙安信尼に授受し、そのお像を父の別邸が所在していたこの地に安置されたと伝わる。
その妙安信尼の志念に感銘し、当時の松雲山要法寺第五世である顕應院日在上人が創立し、顕應山妙安寺となった。

普段本堂は閉まっているようですが、お寺の方が気さくに開けて案内いただけます。

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寺務所にて御首題を頂きました

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御首題

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大黒尊天

posted by かめ忍者 at 21:49| 栃木 ☁| Comment(0) | 卍神奈川の寺院 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月11日

一遍上人ゆかりの寺 教善寺(神奈川県平塚市)

永海山 妙音院 教善寺
2017年(平成29年)9月18日参詣
神奈川県平塚市平塚3-13-18 鎮座

相模新西国三十三観音霊場13番
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「時宗 永海山 妙音院 教善寺」の表札

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教善寺の看板

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山門
山門前向かって右に開祖一遍上人留錫場跡の石碑

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本堂

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山号額

時宗の開祖一遍上人が諸国を巡回された時、この寺の近くにお堂を建て住庵とされたという伝説があります。
「新編相模国風土記稿」(天保12年(1842年)刊)には、藤澤清淨光寺末寺で、開山は本山2世の眞教(元応元年(1319年)寂)とあります。

本尊は聖観音で、海中より出現の像と云う。
「眼病平癒の観音様」として有名となる

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本堂内、御賽銭箱横のテーブルに書置きの御朱印がありました
朱印代金を「当寺では頂いておりません」との事でした(志納でお賽銭を奮発)

巡礼歌
かぎりなき教もよしや此の寺の 御法たえせぬ弥陀の三尊

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御朱印

posted by かめ忍者 at 11:01| 栃木 ☀| Comment(0) | 卍神奈川の寺院 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月10日

坂東三十三観音7番札所 金目山 光明寺(神奈川県平塚市)

金目山 光明寺(こうみょうじ)
2017年(平成29年)9月18日参詣
神奈川県平塚市南金目897 鎮座

神奈川県の金目川沿いある町の寺院、「金目川と観音堂」との名称で平塚八景の一つなっている。

坂東三十三箇所観音霊場の第7番札所
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入口の寺号標
金目川沿いにあり、この写真を撮影するのに距離が短く苦労しました^^;

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仁王門

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手水舎

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観世音本堂

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山号額

本尊は聖観世音菩薩。地名から金目観音とも云われている。
この寺院の歴史は定かでないが、702年(大宝2年)に海女が海中から観音像を得たという伝承が残っている。
海女が没した後、里人たちが道儀上人に願い、海女の家を道場として尊像を安置した。この海女は現在、光明寺の鎮守として祀られ、潮司大権現と号している。

金目観音は「かなひの観音」と呼ばれていますが、それには願い事が叶うという意味と、海女の家の奥(家内)に観音像を祀ったという意味があると伝えられています。

鎌倉時代の初めには政子が実朝の無事安産を祈念した寺院として「安産の観音」として讃えられ源頼朝の帰依を得ている。また、寺領も寄進されている。
江戸幕府からも帰依を受け1697年(元禄10年)に伽藍が復興されている。

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坂東第七番 金目観音の標

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歓喜堂(聖天尊)

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文殊・普賢堂

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観音像と鐘楼

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本坊、阿弥陀堂への通用門

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綺麗な小さい庭園に水琴窟

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寺務所(納経所)にて御朱印を拝受

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御朱印
かなりご年配の住職さんに書いて頂きました。生きた年輪を感じさせる素晴らしい墨書き

詠歌:なにごとも いまはかなひの 観世音 二世安楽と たれか祈らむ

posted by かめ忍者 at 17:29| 栃木 ☁| Comment(0) | 卍神奈川の寺院 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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