2017年08月10日

甘露山 妙雲寺(栃木県那須塩原市)

甘露山 妙雲寺 臨済宗妙心寺派
2017年(平成29年)6月10日参詣
栃木県那須塩原市塩原665 鎮座

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社号標(奥に大門)

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大門

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山門

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東参道にある狸

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鐘楼

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お清めの水(水栓)

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境内案内図

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本堂

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本尊:釈迦如来

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扁額

寿永2年(1184年)に平重盛の義妹、妙雲禅尼が京都から源氏の厳しい追ってを逃れるため山中深く入り、 安住の地としてこの地に草庵を結び、念持仏の釈迦如来像を安置したと縁起に残っています。


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薬師堂

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常楽の滝

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庫裡(納経所)にて御朱印を頂きました

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御朱印



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2017年05月21日

光丸山 法輪寺(栃木県大田原市)

光丸山 法輪寺とは神社と寺の合体通称名
法輪寺の正式名は「天台宗 正覚山 実相院 法輪寺」
2017年(平成29年)4月22日 参詣
栃木県大田原市湯津上町佐良土1401 鎮座

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湯津上町交差点、国道294号線と国道400号から「光丸山・法輪寺」の奥の院一の鳥居
見どころの一つで、全国的にも珍しい川の中にある鳥居です。

神仏習合を今に伝える全国でも珍しい寺院
八溝七福神 大黒天
那須三十三観音 第二十三番
関東九十一薬師 第六十二番
東国花の寺百ヶ寺 栃木十番

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寺号標

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狛犬

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手水舎

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光丸山大日堂

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扁額

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光丸山大日堂の左の「御堂」

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「天狗堂」の大天狗面は、高さは2.14メートル、幅1.5メートル、鼻の高さ1.3メートル、重さ1トンで木製の天狗面では日本一といわれています。

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後嵯峨天皇の勅額門

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説明板

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法輪寺西側の「夫婦杉」

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中の院 釈迦堂

創建は貞観2年(860年)、比叡山延暦寺第三世座主円仁慈覚大師が関東奥羽巡錫の際、霊夢により釈迦・大日二仏の尊像を感得し、天台宗の一寺を創するに始まる。

光丸山は初院、中の院、奥の院の三院から成る。一般には法輪寺も含めて光丸山と称される。
今回奥の院へは行きませんでしたが次回には行きたいと思います

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鐘楼

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庫裏にて御朱印を頂きました

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御朱印

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2017年02月16日

木幡神社(栃木県矢板市)

2017年(平成29年)1月3日参詣
栃木県矢板市木幡1194-1 鎮座

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社号標

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大鳥居

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境内の西側にも笠木のない冠木門形式の鳥居(柱の上に屋根が付いています)
大鳥居の前に一の鳥居(撮影してこなかった(;゚Д゚)エエー)があり これと同型です。

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大鳥居をくぐり階段を上り楼門へ

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手水舎

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鉄灯篭
元和3年(1617)、土佐藩2代藩主山内忠義が徳川家康の一周忌に日光東照宮に寄進したもので何らかの経緯で木幡神社に移されています。

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拝殿前には茅の輪

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阿の子持ちの狛犬(昭和14年に奉献)
源頼朝が、ここ木幡神社で愛犬の無事を祈ったところ、たちまち元気になったらしいです。
犬神様としても信仰があるとか

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吽の毬を持った狛犬

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拝殿

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拝殿内

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本殿


木幡神社の創建は延暦年間(782〜806年)坂上田村麻呂が東夷東征の折、戦勝祈願をし見事念願成就した事から神意に感謝し許波多神社(京都府宇治市・祭神:天忍穂耳命)の分霊を勧請したことが始まりと伝えられています。

当初は峯村の地に鎮座していましたが大同2年(807)に現在地に遷座し田村麻呂縁の赤鶴の面が奉納されています。

天慶3年(940)、藤原秀郷が平将門の乱(承平天慶の乱)の際、当社で戦勝祈願をし将門を討ち取ると社領1000石が寄進され、永承6年(1051)には源頼義、義家父子が前九年合戦の戦勝祈願を行い宿願である安部貞任を討ち取っています。

文治2年(1186)、当時の領主塩谷惟頼が平家追討の戦勝祈願し念願が達成すると、領内の総鎮守と定め代々の崇敬社としました。又、建久4年(1193)、源頼朝が那須野の原で狩をしていた際、愛犬が狂犬病になった為、病気快癒の祈願を行うと忽ち平癒し以後病犬除けの御利益があるとして信仰されました。

文禄4年(1595)当時の当主塩谷義綱が改易になると、庇護者を失い衰退しましたが江戸時代に入ると幕府が庇護し社領200石が安堵され日光二荒山神社を相殿するなど日光東照宮とも関係を深くしています。
明治3年(1870)に郷社に列し、明治40年(1907)に神饌弊社帛料供進神社に指定されています。現在の本殿は室町時代中期に造営された建物で三間社流造、銅板葺、楼門(随神門・神社山門)も室町時代中期の建築で、一間一戸、入母屋、銅板葺き(旧茅葺)、四脚楼門で共に室町時代の建築の特色が見られるものとして昭和25年(1950)に国指定重要文化財に指定されています。


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社務所

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御朱印

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2016年03月04日

大田原神社(栃木県)

2015年2月11日奉拝
栃木県大田原市山の手2ー2039鎮座

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大同2年(807)那須の温泉神社からの勧請
その後、天文14年(1545)に大田原資清が大田原城築営に当り、城郭内に祠を建てて祀り遷座(現在地の南側)
民の参拝の便を良くする為に現在地の東側の金田村中原の中宮に「中田原湯泉大明神」と称し奉還
更に該丘上に移し湯泉神社を改めて大田原神社と称した。
明治37年に現在地に奉還し大田原の総鎮守として現在に至ります。


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那須神社(大田原市)

2015年2月11日奉拝
栃木県大田原市南金丸1628鎮座


仁徳天皇(313年から399年)時代の創立で、さらに延暦年中(782年から806年)に征夷大将軍坂上田村麻呂が応神天皇を祀って八幡宮にしたと伝えられています。

その後、那須氏の崇敬篤く、那須氏没落の後は黒羽(くろばね)城主大関氏の氏神としてあがめられ、天正5年(1577年)には大関氏によって本殿・拝殿・楼門(写真)が再興されたと社記は伝えています。

社宝には、那須与一が奉納したといわれる太刀や寛永19年(1639年)の建立と推測される楼門などがあり、春と秋の例大祭に奉納される太々神楽、獅子舞、流鏑馬の行事なども有名です。

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那須 乃木神社(栃木県)

2015年2月11日奉拝
栃木県那須塩原市石林795 鎮座

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創建は大正5年(1916年)4月13日

明治天皇が崩御後、暫くして乃木希典・静子夫妻が殉死し、夫妻の葬儀にあたり当時の大田原神社宮司の手塚元氣が斎主となり、乃木夫妻が住んでいた別邸において遥拝式が行われる。

その後、神社設立の声が上がり地元石林の住民により創建された。

乃木を祀る神社は東京都港区赤坂の乃木神社が有名ですが、他にも山口県や京都府などにもあるようです。

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※「とちぎ神社ガイド」とちぎ鎮守の森めぐり より

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【乃木希典(のぎ まれすけ)について】
乃木の生涯を年表にまとめると、次の通りです。
1849年(嘉永2年)、現在の東京都港区に長州藩(現・山口県)の支藩である
長府藩の藩士乃木希次の長男として生まれます。
1865年(慶応元年)、長府藩報国隊に入り奇兵隊に合流し幕府軍と戦います。
1871年(明治4年)、陸軍少佐に任官。
1877年(明治10年)、歩兵第14連隊長心得として西南戦争に参加。
軍旗を薩摩軍に奪われ、乃木はこれを終生忘れることはなかったと言われています。
1878年(明治11年)、薩藩士湯地定之の四女阿七(後に静子と改名)と結婚。
1890年(明治23年)、西那須野町石林の農地を取得。
1894年(明治27年)、歩兵第1旅団長(陸軍少将)として日清戦争に出征。
1895年(明治28年)、第2師団長(陸軍中将)として台湾征討に参加。
1896年(明治29年)、台湾総督に就任。
1898年(明治31年)、台湾統治失敗の責任をとって台湾総督辞職。
1904年(明治37年)、休職中の身でしたが日露戦争の開戦にともない第三軍司令官(大将)として旅順攻撃を指揮。
1907年(明治40年)学習院院長として皇族子弟の教育に従事。昭和天皇も厳しくしつけたと伝えられています。
1912年(大正元年)9月13日夜、妻静子とともに自刃。享年62歳。

乃木の軍人としての才能については、色々議論のあるところです。
経歴の中では、軍役に就いていた時と、無官の時とがありますが、無官の時には、西那須野の地で農業に勤しんでいました。
政治家にはならずに、清廉な軍人として生涯を閉じた事は間違いないと思います。

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2016年02月22日

黒磯神社(栃木県)

2014年11月15日奉拝
栃木県那須塩原市宮町3ー34鎮座

那須野は往古より茫漠たる原野であったが、道路鉄道の開設による発展と共に、敬神愛国の志気を涵養して神社崇敬の道を開き、新開住民の心を一にし、情誼を疎通して黒磯郷の発展をはかるため、明治三十五年渋井兼廣氏の寄進により創立される。

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那須 温泉神社(栃木県)

2014年11月15日奉拝
那須郡那須町大字湯本182

創建は630年の第34代舒明天皇(じょめいてんのう)の平安朝の創建とされている。
これは殺生石よりも歴史的には古いです。
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2016年02月21日

矢板 塩竃神社(栃木県)

2014年11月15日奉拝
栃木県矢板市上町6ー11鎮座

元は、現在の矢板市の大字の幸岡と館の川の境にあった幸岡原の須釜地区にあったとされる寺院で、天正8年(1580年)9月に現在の地に遷宮されたと伝えられている。創建年は不明であるが、毎年の旧7月10日に起源祭が行われており、この日に神社が創建されたと伝えられている。

矢板市には、字名として塩田、玉塩(現「玉田」)、高塩など、内陸地でありながら塩に関係する地名が多く、それらの地域では、古来より塩水が湧出するなどし、これを製塩していた場所に、塩に関連する塩土翁命を祭り創建されたのが神社の始まりという。塩釜寺や幸岡城などとともに栄えたが、当地を支配していた幸岡氏が喜連川に移住して幸岡城が廃城となり、塩釜寺もやがて廃れて廃寺。これに伴い製塩産業も廃れていき、神社を遷宮することになったと考えられている。

明治初年に村社に列し、同40年(1907年)12月には、大字の矢板地区にあった神明宮、八坂神社、琴平神社、加茂神社、箒根神社が合祀されて、矢板を代表する神社のひとつとなった。

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勝海舟も深く矢板 塩竃神社を崇拝し多年の念願を成就する為、明治32年12月25日病床において社額を揮毫奉献した。 
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