2017年09月28日

天狗の御朱印で有名な古峯神社(栃木県鹿沼市)3度目の参拝

古峯神社(ふるみねじんじゃ)
2017年(平成29年)7月24日参詣
栃木県鹿沼市草久3027 鎮座

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まだ20q以上ある場所に早くも「古峯神社参道」という石碑

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神社まで約6qの場所にある「一の大鳥居」です。高さ約25m、幅約34mの巨大さ

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一の鳥居の石碑

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古峯神社に到着しての最初の鳥居

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社号標と鳥居

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手水舎

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境内には天狗の奉納碑

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立派な鳥居が沢山

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社殿へ登る階段の鳥居

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堂々たる茅葺屋根の拝殿

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扁額

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社殿内への入口

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入ると大きな廊下、拝殿、授与所に加えて宿坊にもつながります

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休憩出来る畳敷きの部屋
無料のお茶の他に自販機も完備

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拝殿内

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拝殿脇の授与所

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授受できる御朱印
どのタイプの天狗になるかは当日の書き手の出社状況によりますが、逆に言うと「今日頂けるのはどの御朱印ですか?」と聞くことはできます。

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拝殿を過ぎ廊下の奥に御朱印を受ける授与所

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本殿
当日工事をしていて門が開いていたので拝見できました

由緒は、
1300余年の昔、隼人というお方が京都からこの地に移り、尊(御祭神・日本武尊)の御威徳を慕いつつ、京都よりこの古峯ヶ原の淨地に遷座(創祀)申しあげたのが始まりといわれております。
その後、古峯ヶ原は、日光を開かれた勝道上人という僧侶の修行の場となり、上人は古峯の大神の御神威によって、古峯ヶ原深山巴の宿において3ヶ年の修行の後、天応2年(西暦782年)日光の男体山に初めて登頂し大日光開山の偉業を成しとげられました。

この縁起にもとづき、日光全山26院80坊の僧坊達は、勝道上人の修行にあやかって、年々古峯ヶ原(古峯神社を中心)に登山、深山巴の宿で祈願を込め修行する慣わしとなり、
その修行は明治維新に至るまで、千余年の永きに亘って行なわれました。
古峯神社はこのような古峯大神のご利益の顕著を以って全国稀にみる霊地として、火伏信仰、天狗信仰などに代表する諸人の敬虔な信仰を集め、久しきにわたってその御神威を保って参りました。
明治初年には太政官布告により、神仏分離が行なわれ、仏具一切を取り除き、純然たる古峯神社となり、現在にいたっております。
(古峯神社HPより引用)


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御朱印(初穂料 500円)


古峯神社の過去の参拝記事
初回 古峯神社 2014年11月12日参拝
を紹介しました。
そして
再訪時の古峯神社 2015年8月14日参拝
も紹介

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2017年09月07日

満福寺(栃木県栃木市)

教王山 遍照光院 満福密寺(通称・満福寺)
2017年(平成29年)7月15日参詣
栃木県栃木市旭町22-27 鎮座

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寺号標

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入口から正面に位置する「大師堂」、真言宗の開祖・弘法大師空海上人が祀られています

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堂内の大提灯には「厄除け 開運大師」の太文字

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満福寺の寺宝になる鬼気迫る形相をした「三鬼尊」(重要文化財)


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観音堂
祀られている観音様は、元片柳村二杉明神の直ぐ東に有ったものを、明治五年に満福寺に移したものと言われ、古来より子安観音と称されています。昭和四年に仏堂を新設して入仏開帳をしています。この観音堂に掲げられた扁額の「無畏城」の文字は書家の中村不折の揮毫されたものです。


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満福寺は平成二十三年、開創七百五十年に合わせて、新本堂(大毘廬遮那殿)が建立

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扁額「大毘廬遮那殿」御朱印の文字にも


鎌倉時代の弘長2年(1262年)、薗部村の太平山麓に創建されたと言われ、天正年間、現在地に移された真言宗のお寺です。
開祖は京都醍醐寺の僧・朝海法印、天下泰平・万民平穏の祈願寺として、大平山山麓に修行堂を建立し、その後現在の地に移転
江戸時代になり、徳川家康が鷹狩りに訪れた際、休息・歓談した縁で朱印寺の称号を与えられました。
江戸時代の最盛期には十間四面(百坪)の大本堂をはじめ壮麗な諸堂伽藍を擁し、末寺十三ヶ寺を有する中本寺として威容を誇りました。
幕末の栃木大火(本陣火事)で全山消失し、復興再建中ですが往時の面影にはまだ至らないとのこと・・・


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境内の墓地には、没後になって作品が高い評価を受けた、栃木市出身の孤高の日本画家・田中一村の供養碑と墓があります

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御朱印(書置き)

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2017年09月04日

栃木神明宮 再訪(栃木県栃木市)見開き御朱印授受

神明宮(しんめいぐう)
2017年(平成29年)7月15日参詣
栃木県栃木市旭町26‐3 鎮座

前回は2014年11月8日に参拝
しました

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社号標

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通りから参道へ

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参道入口
「栃木のお伊勢さん」の異名を持つそうです

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鳥居

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鳥居脇の社号標

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手水舎

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拝殿
現在の拝殿は、中教院として全国的に展開された皇道宣布の強力な教化の施設として建立。明治十五年一月内務省が神官の教導職兼務解除(神仏分離令)のため、中教院も閉鎖。廃院の元中教院を受入れ社殿として補修を加へ神明宮社殿として再建、現在に至っています。
(市の重要文化財に指定されています。)
仏教寺院の面影も同時に感じることができる面白い神社だと思います。

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扁額「盛哉」

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扁額「神明宮」

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本殿
御祭神 天照皇大神(あまてらすすめのおおかみ)


1403年、栃木城内神明宿に創建されたと伝わる。

1589年、皆川広照により現在地へ移され、栃木町の総鎮守となる。
社殿は伊勢皇大神宮に倣って神明造り
1872年県社となる。

「栃木(とちぎ)」という地名は
本殿屋根の千木が十本あり、十千木(とちぎ?)からきたと言われています。



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神楽殿

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神輿

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社務所兼授与所にて御朱印授受

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御朱印
一頁 ¥300
二頁 ¥500

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二頁(見開き)御朱印
「盛哉」は、拝殿にかかっている扁額と同じですね


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2017年09月03日

「吹上不動尊」 正仙寺(栃木県栃木市)

光明山 金智院 正仙寺(しょうせんじ)
2017年(平成29年)7月15日参詣
栃木県栃木市吹上町1375 鎮座

北関東三十六不動尊 十五番札所
真言宗豊山派
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山門
手前は吹上幼稚園の園内(併設)です

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本堂(ピンボケてしまいました^^;)

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小さな鐘楼
そして奥には、師子慧童子(ししえどうじ)三十六童子の15番目です
正仙寺は北関東三十六不動尊霊場の第15番札所
御詠歌:鴻の巣の 山にひびけり みほとけの 祈る心は 吹上不動

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弘法大師像、吹上不動尊像、矜羯羅童子(こんがらどうじ)・制多迦童子(せいたかどうじ)の像が祀られていました

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本堂内、お不動様

創建は応永年間(1394〜1400)山城国
醍醐山松橋無量寿院十一世俊海による開山と伝わります。


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御朱印 個性的な字体で魅力があります
本堂内にて頂きました


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2017年09月02日

「なでうなぎ」平柳 星宮神社(栃木県栃木市)

2017年(平成29年)7月15日参詣
栃木県栃木市平柳町1-23-26 鎮座

平柳 星宮(ほしのみや)神社は、東武日光線「新栃木駅」の近く、県道117号(駅前通り)の少し北にあります。
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社号標

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鳥居

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手水舎

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「なでうなぎ」
神仏習合の時代では、虚空蔵菩薩を本地仏として祀っていたそうです。
そのお遣いが「うなぎ」なんですね。
虚空蔵菩薩が守り本尊の人で、信仰の篤い人の中には、うなぎを食べない人がいるようです。

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拝殿前の狛犬

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ごつい角ばった顔付の狛犬ですね
阿形・吽形が余りはっきりしません

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拝殿
当初は現在地より北北西1kの所に鎮座していましたが、永享2年(1430)現在地に遷座され、家内安全・五穀豊穣・国土鎮護の神として広く崇敬されてきました。
神仏分離以前は、虚空蔵菩薩を祀っていたことから「こくぞうさま」と呼ばれ親しまれてきたそうです

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扁額

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拝殿内

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本殿
祭神「磐裂命 根裂命 経津主命」を安置しています


栃木県神社誌由緒
宇津間川に三神が光輝を発して出現し、「吾を此の地に祀らば国土を鎮護し万民を安居せしめん」と告げた。この神託に基づいて祠を建て、偈仰した。
永享三年(1431)には、領主は信仰のあまり社殿を造営し、近郷の崇拝する社となった。
当社史料によれば、当時、すでに現在と同規模の社殿が造営されていたらしい。
元禄三年(1690)、祠官林和泉守源昌次が再建に着手し、同八年(1695)に竣工した。これは、明治十三年の本殿改築の際に判明したものである。
安永七年(1778)、林和泉守源宣安神主の時に、後桃園院英仁天皇より正一位の神階を奉られた。
明治十三年、ご神木の大枝が台風で落ち社殿を大破したが、同十六年に本殿・拝殿・神楽殿を再建した。さらに、明治三五年の大暴風雨で境内の杉檜が四十数本倒れ伏し、鳥居・神楽殿が損壊したため、同三七年に再興した。明治四〇年に幣帛料供進社に指定される。昭和七年に大北風のため老杉が倒伏し、三殿を失うが、同一〇年に竣工し、今に至る。


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境内社が、きれいに祀られています
左に子育て・産業の守り神等6社(須賀神社・大杉神社・御祖神社・稲荷神社・血方神社・産泰神社)

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授与所は閉まっていました

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境内後方に宮司さんのお宅にて御朱印を頂きました

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御朱印
うなぎの絵が印象的で迫力があります

うなぎは神様の御使いとされ、宮司様は鰻を食べないそうです。御朱印を待っている間にお母様とお喋り。鰻の話になったら「私は食べますよ」って笑顔の素敵なお母様でした。
コーヒーに麦茶とご馳走様でした。

posted by かめ忍者 at 16:13| 栃木 ☔| Comment(0) | 栃木の神社・寺院(南西) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月24日

星光山 教王院 智音寺(栃木県鹿沼市)

2017年(平成29年)2月26日 参詣
栃木県鹿沼市茂呂1498 鎮座

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寺号標

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参道途中にある薬師堂
お薬師様も、「茂呂薬師」と呼ばれているそうです

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山門

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手水舎

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寺院内

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本堂

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◆宗派
天台宗
◆御本尊
阿弥陀如来


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「関東九十一薬師霊場・第56番札所」の御朱印


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2017年02月27日

天狗山 雷電神社(栃木)

2017年(平成29年)1月22日 参詣
栃木県下野市薬師寺1509
薬師寺八幡宮参道入り口 鎮座

2017年1月22日の薬師寺八幡宮と一緒に参拝


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鎮守薬師寺八幡宮入り口に鎮座し右の鳥居が雷電神社

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鳥居

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拝殿

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扁額

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賽銭箱

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拝殿内

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社殿、本殿側より撮影

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本殿
御祭神 賀茂別雷大神(カモワケイカヅチノオオカミ)
祭典日 4月27日 11月17日
由緒略記 
創建年不詳であるが往古より鎮守薬師寺八幡宮入り口に鎮座すと伝へ、雷の雷電宮として鎮座していた。
災害に苦しんでいた村人たちを雷神が天狗の姿になって助けたことから天狗山雷電神社と名称を改め崇敬されてきました。
1969年(昭和44年)、氏子の願いかなって鎮守八幡宮に合祀されていた雷電神社を分祀、独立再建した。

伝 説
その昔、薬師寺八幡宮境内の鬱蒼とした森の中に雷電神社があった。「いかづちの雷電宮」と呼ばれ大切にお祀りされていた。ある時うち続く雹や雨の災害に困り果てた農夫が、「いかづちの雷電宮」に 一心に祈りを捧げていると、天狗に姿を変えて顕れた雷神様が「おまえは感心なやつだ。自分だ けでなく、みんなのためにお祈りをしている。此よりは、この薬師寺地域には雹、雨等の災害を起 こさないようにしよう。」と言って消えた。それ以来此の薬師寺地域には嵐等のひどい災害も無く、 農作物も順調に獲れ豊かな処に変わったという。農民たちは、いかづちの雷電宮を天狗山雷電神 社と呼び改め大切にお祭りしたと言う。(下野民話百選より)

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新築記念碑

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御朱印

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2017年02月22日

薬師寺八幡宮、再訪(栃木県下野市)

2017年1月22日 参詣
栃木県下野市薬師寺1509 鎮座

前回の参拝は
2014年10月13日の時です。


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一の鳥居

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社号標

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参道

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二の鳥居

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手水舎

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手水舎には「水掛」「銭洗い」の神として「夢福神」が祀られていました

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阿の狛犬

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吽の狛犬

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拝殿
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本殿と拝殿は、寛文2年(1662年)に領主・佐竹義宣の奉献で造営されたもので、栃木県の文化財に指定されています。
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本殿
社伝によれば、貞観17年(875年)に清和天皇の勅定により京都・石清水八幡宮から勧請されたのが始まりとされている。一説には、下野薬師寺の鎮守神として天平宝字元年(749年)に大分・宇佐神宮から勧請されたのが創祀ともいう。


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社務所

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御朱印



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2017年02月18日

「日本における最も驚くべき、最も赤裸々な絵馬の宝庫」水使神社(栃木県足利市)

水使(みずし)神社 通称:みずっさま
2017年(平成29年)1月14日参詣
栃木県足利市五十部町1235 鎮座

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一の鳥居

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説明板

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狭く急な石階段

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二の鳥居

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手水舎

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拝殿

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扁額

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本殿
栃木県神社誌によると、南北朝時代の観応2年(1351年)の創建で、水の神「水波能売命(みずはのめのみこと)」を祭る。昔、地元の豪族・五十部小太郎の下女で、近くの淵で入水自殺したイソの霊を祭ったともいわれ、花柳界の女性らから婦人病に霊験があると信仰された。


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賽銭箱や扉の周辺に絵馬、よだれ掛け、腰巻き風の赤い布が無数に掛けてある。
絵馬の図柄を見ると、和服姿の女性が拝む姿や赤い腰巻き姿の女性などが多く「子宝祈願」「婦人病が全快」祈願


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アメリカシカゴ大学人類学教授であるフレデリック・スタールが大正時代に同神社を訪れ、「日本における最も驚くべき、最も赤裸々な絵馬の宝庫」と学会報告。民俗学者ら研究者に注目され、日本全国に水使神社の名を轟かせるきっかけともなりました。

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「今でも全国から多くの女性がお参りに訪れます。参拝簿は半年で3冊分、埋まってしまいますから」と桜木宏紀宮司(76)は驚きを隠さない(産経新聞)


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御朱印


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2017年01月27日

御嶽山神社(栃木県鹿沼市)

2017年(平成29年)1月27日参詣
栃木県鹿沼市下永野82(旧粟野町) 鎮座


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「永野御嶽山入口」の石柱

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手水舎

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手水舎の水が凍っていました
「寒いです!」

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鳥居

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昭和45年生まれのブロンズの狛犬
右の阿

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狛犬
左の吽

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拝殿

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扁額

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拝殿脇に流れる清滝

神道大教所属の御嶽永野中教会
ご祭神は、国之常立神(くにのとこたちのかみ)。弘仁三辰年(812年)に空海上人が開山したと伝えられ、三峯山大神・御嶽山大神が祭られています。長野県木曽御嶽山の信仰をひき、関東一円に多くの信者がいます。
冬至の日には厄除け祈願の行事である“御嶽山冬至星除祭り(お焚き上げ)が行われます

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三峰山里宮

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各所に霊神碑などが立ち並んでいる

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境内にある北辰ヶ岳御嶽山の案内板
三峰山の登山コースの出発地点にもなっている

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自宅兼社務所、ここで御朱印を頂きました

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御朱印

posted by かめ忍者 at 19:12| 栃木 ☁| Comment(0) | 栃木の神社・寺院(南西) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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