2017年04月15日

国宝 陽明門 平成の大修理完成記念御朱印(日光東照宮)

2017年(平成29年)4月15日 参詣
栃木県日光市山内2301

今回の目玉は、平成の大修理を終えた「陽明門」2013年7月から始まった約4年にも及ぶ保存修理工事がこの3月で終わり、ピッカピカに生まれ変わった姿がお披露目されています。

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社号標

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拝観料は1,300円。結構しますが、これだけで三猿を横目に陽明門をくぐり東照宮から眠り猫の下を通り奥宮、本地堂(鳴き龍)まで全ての拝観が含まれています。

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おお〜遠目に陽明門が現れました!

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鳥居越しに陽明門

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今回の修繕では、漆の塗りなおしとメッキ表面仕上げの再生、および木材の腐朽箇所の補修が主に実施されたとの事です。

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門の両側に構える随身像
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真っ白な装飾もとても綺麗です。「胡粉塗り」と呼ばれる手法で塗装されていて、貝殻などから作られる炭酸カルシウムを多く含む顔料が使われているそうです。

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門の中、龍の装飾も色鮮やかです

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裏面にいる狛犬

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「平成の大修理」といわれる今回の日光東照宮の修理は、江戸時代から数えて21回目という。約12億円をかけて2013年6月から始まった。当初6年とされた工期を、日光市の観光への影響を考慮して4年に短縮。塗り直しと木部の取り換えなどを行った。特に古来の方法で当時のままの姿を残すという方針を貫き、材料の漆を国産漆にしたという。

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授与所にて御朱印を頂くのだが、結構な行列でした。

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陽明門 平成の大修理完成記念した紅いの御朱印帳が頒布

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御朱印を依頼するとステッカーも一緒に頂けました

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御朱印
「国宝 陽明門 平成の大修理完成記念」の印が押されています



前回2016年011月6日の日光東照宮「御鎮座400年」


前々回2015年06月15日の日光東照宮「400年式年大祭」


2014年09月20日の日光東照宮



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2017年04月13日

都が138年ぶりに増上寺に返還、芝の大門やっと修復へ

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増上寺大門改修工事中の写真

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改修前の芝の大門

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明治時代の「大門」、先には「三解脱門」が見えています。

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改修後の綺麗な芝の大門

東京・芝のランドマーク「大門」の所有権が今春、都から増上寺に百三十八年ぶりに返還された。
都の財産目録から記載が抜け落ちて四十年以上。所有者不明の状態が続き、深刻な老朽化にも手がつけられなかった。都は「ここ数年、内部資料を精査し、都の所有と確認した」と事務手続きのミスを認め、返還に応じた。 

増上寺の東側区道に立つ大門(港区芝公園)は、一六〇五(慶長十)年に徳川家康が寺を大改修した際、江戸城の大手門を移築して建てられた。明治維新後の一八七八年、幕府の庇護(ひご)を失い、困窮した寺が当時の東京府(東京都の前身)に寄付。その後、芝公園の一部として東京市が管理していた。一九二三年の関東大震災で損傷したため、三七年に鉄筋コンクリート造りに建て替えられた。当時の工事発注者は東京市だった。

寺は七四年、本堂の新築に合わせて大門の修復を計画。都に返してもらおうと、譲渡を打診したところ、財産目録に記載がないことが判明したという。「目録にないものは譲渡できない、とかたくなだった」と寺の佐々木励綱(れいこう)施設部長(63)。それ以降も折に触れ、都に譲渡を打診したが、進展はなかった。東日本大震災で瓦の一部が落下した際は寺が費用を負担し、取りあえず補修した。

しかし、一転、都が譲渡に応じ、都と寺は今年三月末、無償の譲渡契約を結んだ。佐々木部長は、二〇一二年三月三日に本紙が夕刊で報じた記事「港区増上寺 芝『大門』持ち主不明」が状況を変えたとみる。「注目が集まり、都を動かすきっかけになったのではないか」。ただ、財産目録の記載が抹消された理由は分からない。都公園課は「古い話で原因究明のための調査はしていない」という。

佐々木部長は「長年の要望がかない、安堵(あんど)している。地域住民と協力して管理する」。寺は耐震補強と外観の化粧直しを施し、来年四月の法要でお披露目する方針だ。

大門の通りは二〇二〇年東京五輪のマラソンコースになる可能性もある。地元組織、大門振興会の佐久間克文(よしふみ)会長(52)は「疑問は残るが、落ち着くべきところに落ち着いた。今後は未来志向で、大門を次代に残す努力をしていく」と話した。


<芝の大門> 徳川家の菩提寺だった増上寺の総門。大門が立つ寺領が明治政府による1871年の上知令で没収されたため、大門も78年、当時の東京府に寄付された。第2次大戦中の空襲で周囲は焼け野原となったが、鉄筋コンクリート造りだったため、奇跡的に残った。
(東京新聞より)



posted by かめ忍者 at 02:31| 栃木 ☁| Comment(0) | トピックス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月12日

安房国一之宮 洲崎神社(千葉県館山市)

社号について
資料によっては「すのさき」「すさき」とあり、地名は「すのさき」だが、由緒にある通り、元の名は洲神(「すさき」のかみ)であったらしい
2017年(平成29年)3月6日 参詣
千葉県館山市洲崎1697 鎮座

館山市の西の端、千葉県の先端。まさしく洲の崎という場所です。
場所的に簡単にこれる所じゃないのと、普通に雨が降っていたので参拝者は私1人

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社号標

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旧 社号標

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道から少し入ったところに鳥居があり、道路を走っていると見逃してしまうかもしれない

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手水舎

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隋身門

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厄祓坂と呼ばれる108段の石段

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長い階段を上り終え 上からの眺め

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拝殿

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扁額は奥州白河藩主老中松平定信が参詣し奉納した扁額のレプリカで、本物は社務所で大切に保管されいるそうです。


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本殿
祭神 天比理乃当ス
相殿神が天太玉命(あめのふとだまのみこと)と天富命(あめのとみのみこと)です。

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本殿
社伝『洲崎大明神由緒旧記』によれば、初代神武天皇の治世、天富命が祖母神の天比理乃当スが持っていた鏡を御神体として、美多良洲山(御手洗山)に祀ったのが当社の始まりであるという。


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当社近く、波左間海中公園内の海底に、水難事故・水難事件防止を祈願するために御分霊を勧請して海底神社を創建している。


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稲荷神社

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本殿脇には金比羅神社

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隋身門下のこの机に書置き御朱印がありました。セルフサービス

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神門の下に説明書きが置かれていた
書置きの御朱印は置かれていましたが、御朱印帳への記入希望の場合は宮司さん宅までとの事

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私は御朱印帳への記入希望のために電話連絡をしてアポをとり宮司さん宅にお邪魔しました。
(東京方面に車で30分位)

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御朱印


posted by かめ忍者 at 02:37| 栃木 ☀| Comment(0) | 千葉の神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月09日

お釈迦様の生誕祝う花祭り

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川崎大師の花御堂

今回、川崎大師を訪れ 花祭りが行われていました。
私は寺付属の幼稚園だったので花祭りを行った記憶が薄っすらありました。
講堂でお釈迦様に甘茶をかけた後、その甘茶を頂きとても美味だったのを覚えています。


【4月8日花祭り】お釈迦様のお誕生日。
「花祭り」は、第二次世界大戦後に広まった呼び方で、もともとは
「灌仏会(かんぶつえ)」
「仏生会(ぶっしょうえ)」
「浴仏会(よくぶつえ)」
「降誕会(こうたんえ)」
「竜華会(りゅうげえ)」などと呼ばれていました。

様々な草花で飾った花御堂(はなみどう)を作り、その中に灌仏桶を置いて、甘茶を満たします。灌仏桶の中央には”天上天下唯独尊”のポーズをとった誕生仏の像を置き、柄杓でお釈迦様の像に甘茶をかけて皆で祝います。
近年では、新暦四月八日にお祝いすることが多いそうで、それも四月八日前後だったりしています
※花御堂は、桜・木蓮・れんぎょうなどの花で飾られた小さなお堂です


お釈迦様、誕生のお話
シャーシャ族のマーヤー(摩耶)夫人は、神聖な白象が胎内に宿る夢を見ます。そのマーヤー夫人が臨月になり、出産のために故郷であるデーヴァダッハへ帰る途中、ルンビニー村で休息をとります。

そこには、美しいサーラ(沙羅)の樹がありました。その美しさに思わず枝に手を伸ばしたところマーヤー夫人の右脇からブッダが誕生します。

数多の神や人々から散華供養をうけるなか、ブッダはすっくと立ち上がり、東西南北にそれぞれ七歩ずつ歩いたあとに右手を上に挙げ、左手を下に指しながら『天上天下唯我独尊』に始まる誕生偈(げ)を唱えたということです。


誕生したとき、九頭の竜が天から芳しい甘露を吐いて産湯を満たしたという伝承がもとになっています。江戸時代までは、甘茶ではなく五色水と呼ばれる香水が使われていたようですが、しだいに甘茶を甘露に見立てて用いるようになったといわれています。

ちなみに、甘茶(あまちゃ)は、ユキノシタ科の落葉低木ガクアジサイの変種であるアマチャの、若い葉っぱから作られます。本来漢方薬の原料だとかで、アレルギーとか歯槽膿漏に効果があるのだそうです。

posted by かめ忍者 at 01:00| 栃木 🌁| Comment(0) | 由来・伝説・いわれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月08日

山田家の人形焼(錦糸町)

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錦糸町にある人形焼専門店「山田家」さんです。人形焼のお店は東京に数多くありますが、その中でも美味しいお店

人形焼は1個80円程度。お土産用だと箱代もかかり少し割高となります。
2日ほど保存は出来るので、お土産にも喜ばれます。下町にはいろんな人形焼きが売っていますが、ここは間違いなく美味いです。オススメし狸がカワイイ!

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宮尾しげを氏による本所七不思議の包装紙。


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鶏卵・食品問屋の山七食品を母体とする「山田家」の創業は昭和26年。鶏卵を生かせる商売として始めた人形焼が、今ではここ東京・錦糸町の名物になっています。

山田屋 本店
東京都 墨田区 江東橋 3−8−11 
03-3634-5599

posted by かめ忍者 at 00:01| 栃木 ☁| Comment(0) | お土産・グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする