観音山 慈眼院(じげんいん)
2017年(平成29年)7月22日参詣
群馬県高崎市石原町観音山2710−1 鎮座

字号標
「高崎白衣大観音」は1936年に群馬県高崎市の実業家である井上保三郎氏によって建立されて以来、高崎市のシンボルとなっています。
高さ41.8メートル、重さ約6,000トン
胎内拝観
胎内は、20体の仏様や高僧の像があり、観音様の肩の高さまで(9階)まで登ることができます。
胎内拝観料 大人・高校生以上300円 小人・中学生以下100円
白衣観音説明版
手水舎
太鼓橋の先に本堂が見えます
大師堂
関東八十八ヶ所霊場開創に伴い平成8年に建立された
東国花の寺百ヶ寺のひとつに選ばれており全山約三千本の桜をはじめ一年を通して四季折々の草花を楽しむことができます。
本堂
慈眼院は高野山真言宗の寺院で山号は観音山(かんのんざん)
高野山真言宗の別格本山にあたります。
もとは、公園として整備し、モニュメントとして「白衣観音」を建てましたが、その後「慈眼院」が白衣観音の近くに創建されたそうです。
慈眼院はもともと高野山金剛峯寺の塔頭寺院のひとつで、学侶方の寺院として隆盛を誇っておりました。
明治の廃仏毀釈で高野山でも寺院の統合廃寺がすすむなか、衰退しつつも慈眼院は昭和初期まで存在しておりました。
公園として整備し、モニュメントとして「白衣観音」を建てましたが、その後「慈眼院」が白衣観音の近くに創建されたそうです。
昭和16年(1941年)に高野山より別格本山として高崎への移転が決まりました。
創建は、鎌倉中期、執権北条義時の三男、相州極楽寺入道重時と伝えられます
寺記によると、元禄時火災により炎上、過去帳や古文書の類はことごとく焼失したといわれています。続紀伊風土記には、本尊の聖観世音菩薩は鎌倉坂下村の安左衛門という文人が由比ヶ浜で漁をしたときに網にかかった尊像とあります。
扁額
本堂説明版
本堂には燈籠が沢山
御朱印は慈眼院本堂の右側の「授与所」で頂くことできます
札所等
関東八十八ヶ所 一番札所
上州三十三観音霊場 特別霊場
東国花の寺百ヶ寺
「大白衣観音」御朱印
関東八十八ヵ所霊場一番札所となっております。




